全社をあげてDXを推進する「CSDX (Credit Saison Digital Transformation) 戦略」を2021年9月に発表したクレディセゾン。それに先がけて同社では、2019年にデジタル専門組織「テクノロジーセンター」を立ち上げ、以降デジタル人材の積極採用や、さまざまな新サービスのローンチを行ってきた。
同社の全社横断型DXの背景にあるのが、互いを認め合い、個性を武器に変える「協調的創造」の考え方だ。同社CTO兼CIOとしてDX推進を担ってきた小野 和俊 様に、DXを進める上での心得、チームづくりの秘訣などを伺った。
――クレディセゾンが発表した「CSDX戦略」では、「期待を超える感動体験の提供」が掲げられています。
その背景について教えてください。
小野様 前提にあるのは、「IT」の位置づけが変わりつつあることです。以前は業務の効率化や自動化が主な目的でした。しかし現在は「体験を変えること」に重きを置いたIT活用が重要になってきています。
例えば、フードデリバリーサービス。ドライバーが配達先に近づいてくる様子を、ユーザーはスマートフォンで逐一追うことができます。もちろん「決済のスムーズさ」「働き手にとっての手軽さ」など、他にも革新的な点はあるでしょう。その中でも“ドライバーの動きの見える化”という新しいデリバリー体験こそが、事業競争力を高めるポイントだと考えています。
要は、ITやデジタルを前提として事業設計することで「新しい体験」を提供できる会社が勝ち残り、それをできない会社は生き残れない時代になっているわけです。だからこそCSDXでは、DX自体を目的とせず、その先にある「体験そのものの刷新」を目的としています。その体験には、お客さまの体験 (CX:Customer Experience) はもちろんのこと、社員の体験 (EX:Employee Experience) も含まれます。
小野 和俊 様
――クレディセゾンの事業で “体験を変えたIT”の事例があれば教えてください。
小野様 例えば、当社が2019年にローンチしたサービス「セゾンのお月玉」があります。これはセゾンカードを使うことで抽選券がスマートフォンに貯まり、「抽選する」ボタンを押すと3Dのガチャが出てきて、アタリが出ると現金1万円が届くというものです。画面上での3Dの表現・品質にはこだわり抜きました。そして、お届けする方法はあえてアナログな現金書留にしました。
そうしたデジタルとアナログを掛け合わせた体験の面白さからか、多くの方がSNSで当サービスを紹介してくださり、それまで約1万2千人だった当社のTwitterアカウントのフォロワーが、ローンチから半年強で20万人を超えました。
――DXを進める中では、大企業ならではの“壁”に直面することもあるかと思います。これまでどんな壁がありましたか。
小野様 開発用のノートパソコンを買おうとしたときには「なぜ小野さんのチームメンバーだけ高いパソコンなんですか?」という公平性の議論が起こったり、さまざまなツールやライブラリをインストールするために都度、紙の申請書が必要だったりしました。
――新しいことをするたびに調整や手続きが発生する、ということですね。
小野様 考えてみれば、当然の話ですよね。今までは自社内にデジタル人材を置いていなかったので、これまでのルールが最適解なんです。一方、デジタルを前提とした事業設計を進めるには、それではままならない。そこで私は、反対する人の話をじっくり聞き、対話しながら折り合いを付けるようにしています。
例えば、「なぜ、開発で使うソフトを自由にダウンロードできないのか」という点。社内のコンピューターがマルウェアなどに感染するリスクがあるという話であれば、「では、ソフトをダウンロードしたパソコンは社内ネットワークへの接続を禁止します。その代わり、必要なソフトは自由にダウンロードしても問題ないですか?」といった形です。
反対する人とケンカするのではなく、フレンドリーに対話しながら「折衷案」を見つけていく。こちらからも提案するし、相手にも一緒に考えてもらう。そうやって当社では、新しいやり方を見つけ出し、壁を超えてきました。DXには“破壊的創造”の側面もあるかもしれませんが、私はむしろ「協調的創造」こそが、DXを実現する最短ルートだと考えています。
――小野さんが2019年にCTO兼CIOに就任して以降、それまでは社内にいなかったデータ分析やコーディング、デザインなどを行うデジタル系プロフェッショナル人材の採用と、社内におけるデジタル人材の育成も進め、すでに180人近く採用・育成しています (2021年11月現在)。それらの狙いは何でしょうか。
小野様 一番の目的は、これまでは外部のベンダー各社に委託していたITシステム開発の一部を自社で行えるようにすることです。もちろん今後も外部委託は行っていきますし、自社が必要と判断したクラウド基盤や社内コミュニケーションツールといった汎用的なツールは積極的に活用していきます。あくまでも、事業の中核となる技術に関しては内製化するということです。
IT業界は多重下請け構造であるため、外注するとどうしてもコストが高くなり、時間もかかります。また、発注側に技術的な知見が蓄積されづらい点も課題です。内製化を進めることで、大幅なコストダウンやアジャイルな開発が可能になり、知見を積み上げることができます。
加えて、社内のデジタル人材とビジネスサイドの人材が「伴走」しながらシステム開発を進められる点も、内製化の大きなメリットです。
――伴走型の開発はどのように進めるのでしょうか。
小野様 システム開発を外注する場合、まずはユーザーと近い距離にいるビジネス部門の人間が要件定義書を書き、それをシステム部門の人間がIT用語に落とし込んでベンダーへと発注します。
しかし、社内にデジタル人材がいれば、彼らがビジネス部門の現場へと足を運び、そこでの課題を直接見聞きしながら、システム開発を進めることができます。こうした過程を踏むことで、ビジネス部門では思い付くことのできない最適解が見つかることもあるでしょう。社内で簡単なプロトタイプを作り、ビジネス側からのフィードバックを受けることもできます。そうしたやりとりは、契約、交渉、要件定義、見積もりといったプロセスが発生しないからこそ実現できます。
社内の仲間が隣にいてくれて、互いの専門知識を持ち寄ったり、一緒に最適解を考えたりしながら新しいシステムを作っていく。デジタルを前提とした事業を設計するということは、そういったことを日々当たり前のように社内で行っていくイメージです。
そしてもう一つ、CSDXにおいて内製化と同じくらい重要なのが、「バイモーダル戦略」です。
――バイモーダル戦略とはどのような内容でしょうか。
小野様 一定規模以上のデジタル事業を設計するには、安定性重視の「モード1」と、スピードと柔軟性とが求められる「モード2」という両モードが不可欠です。革新的な事業の開発には「モード2」が起爆剤となりますが、それだけでは安定性を欠いてしまい、リスクが大きい。
そこで当社のテクノロジーセンターでは、エンタープライズのプロジェクトマネージャー経験者のような「モード1」を得意とする人材と、スタートアップの創業経験者やWeb系エンジニアが得意とする「モード2」人材の両方を採用してきました。しかし、2つのモードが混在するとチーム内に軋轢が生まれやすいため、注意が必要です。そこで、いくつかのルールを設けています。
その一つが「HRT」の原則です。HRTとは、「Humility (謙虚) 」「Respect (尊敬) 」「Trust (信頼) 」の頭文字を取ったものです。これらをチーム間で共有することで、互いの心理的安全性を確保しています。コミュニケーションツールでのやりとりなどで、誰かがHRTの原則を破りそうな発言をすると、それを見た人が「HRT」という絵文字をワンボタンで打てる仕組みも設けました。また、人の欠点や短所に言及することも禁止にしています。
――そうした原則を設けてよい風土を築くことがDX推進にもつながる、ということですね。
小野様 「ワンチーム」でDXを進めることについては手ごたえを感じています。
DXはデジタルを活用した「トランスフォーメーション (変容・変革) 」ではありますが、CSDXでは一人ひとりの違いを平らにならすのではなく、そもそも「みんな違っていい」ということを前提にしています。欠点に目を向けるのではなく、互いの長所を組み合わせてチーム全体の能力を最大化していきましょう、という発想です。それこそがデジタル時代において、必須のカルチャーであると考えています。
――CSDXにより5年後・10年後に目指す企業像はどんなものでしょうか。
小野様 今後も社内のデジタル人材を拡充し続け、2024年までに1,000人規模にすることを目指しています。仲間をどんどん増やし、デジタルを前提とした事業設計を通じ、お客さまにも社員にも新しい体験を提供する。そして、それを常に改善し続けていく。そうしたことが当たり前にできるようになったときこそ、CSDXは成功といえるのではないでしょうか。