日本の漁業は水産資源の減少や従事者の高齢化などより危機的状況にある。
そうした中で牡蠣養殖に着目したのが株式会社リブル (以下リブル) だ。
養殖場の水温、濁度、養殖カゴの揺れをIoTセンサーでモニタリング・分析し、生産現場の省力化と安定した生産を実現することを目指す「あまべ牡蠣スマート養殖プロジェクト」の取り組みを聞いた。
徳島県南部に位置する海陽町。太平洋に突出した半島に抱かれた那佐湾は、波が静かなことから天然の良港として知られ、古くから避難港としても利用されてきた。
この那佐湾で今、牡蠣の養殖に向けたチャレンジが進められている。「世界一おもしろい水産業へ」をコンセプトに掲げて創業した水産ベンチャーの株式会社リブルを中心に、海陽町、宍喰漁業協同組合、徳島大学、KDDIをメンバーとして2018年12月に始動した、「あまべ牡蠣スマート養殖プロジェクト」が主導する取り組みだ。
水産庁は、ICT を活用して漁業活動や漁場環境の情報を収集し適切な資源評価・管理を促進するとともに、生産活動の省力化や操業の効率化、漁獲物の高付加価値化により、生産性を向上させる「スマート水産業」を推進しています。
出典:水産庁「スマート水産業の推進に係る検討会等の開催状況について」※ 外部サイトに遷移します。
とはいえ、那佐湾は牡蠣養殖に適した環境ではない。30年ほど前に地元の漁師が、日本全国の牡蠣養殖で主流となっている「イカダ垂下方式」で牡蠣養殖を試みたが、残念ながら失敗に終わっている。那佐湾はサンゴが生息するほど温暖で美しい海であり、牡蠣にとって必要な植物プランクトンなどの餌料が少ない。このような環境では強く健康的な牡蠣が育ちにくく、環境ストレス耐性が低下し、少しの環境変化であっても牡蠣が死滅してしまうからだ。
地元の漁師でさえ「牡蠣養殖は無理」という認識が定着していたことが、リブルにとっては逆にチャンスとなった。牡蠣養殖に限らず、好条件の漁場は既存漁師が権利を有していることが多く、新規事業者が参入するのは難しい。
あえて“不適当な漁場”にチャレンジしようというリブルだったからこそ「応援しよう」という機運が高まり、前述したメンバーによる地域活性化を目的とした連携協定が結ばれるに至った。
リブルの代表取締役 CEO (最高経営責任者) の早川 尚吾 様は、「漁協や地域の皆さまは、もともと海陽町はおろか徳島県とも縁もゆかりもなかった私たちを温かく迎え入れ、牡蠣養殖のベースとなる場所の提供のほか、漁業権も快く割り当ててくれました。誰もがあきらめていたこの那佐湾で牡蠣養殖を成功させることができれば、そのモデルを全国の海に横展開することも可能になります」と事業化を見据えている。
代表取締役 CTO (最高技術責任者) を務める岩本 健輔 様は、「那佐湾には、少ないとはいえ天然の牡蠣が育っています。入江の一角で潮干狩りができるということは、餌となる植物プランクトンがいて、貝類の生育環境として決して悪くはないということです。牡蠣が本来生存している環境を再現できれば、養殖は必ずうまくいくと確信していました」と振り返る。
早川 尚吾 様
日本の漁業は今、危機的状況を迎えているといって過言ではない。地球温暖化の影響を受けた生態系の変化、乱獲を起因とする水産資源の減少、さらには漁業従事者の高齢化などにより、これまでのような「獲る漁業」は成り立たなくなりつつある。
そこで急務となっているのが「養殖漁業」へのシフトであり、なかでも有望なのが牡蠣養殖なのだ。
岩本 健輔 様
「魚類の養殖では売り上げの7~8割が餌代にかかるため、元手がなければ始められません。これに対して牡蠣養殖は海の中に自然に存在する植物プランクトンが餌になるため手間もあまりかかりません。計画を立てやすく、獲る漁業の副業としても行える牡蠣養殖モデルを、全国の漁業事業者に広く提供したいのです」(岩本様)
このリブルの理念に賛同する形で、技術面のサポートに乗り出したのが、徳島大学とKDDIだ。
DX推進本部 地方創生支援室の永岡 恵二は、「牡蠣養殖の現場でさまざまなIoTセンサーから収集した情報をクラウドに蓄積し、リブルと徳島大学が連携してデータ分析ができる仕組みを提供し、漁場管理アプリケーションの開発にも協力しています」と語る。
「地方創生の観点から損得抜きでプロジェクトに参画してくれた、徳島大学とKDDIにはとても感謝しています。このプロジェクトは2020年3月から始まりましたが、両者のスピード感をもった協力がなければ、これほど早期の事業化は困難だったと思います。また、徳島大学とKDDIとともにプロジェクトに臨んでいるというブランド力を得られたことは、まだ知名度のないリブルがこの先のビジネスを展開していく上での大きな後ろ盾となっています」(早川様)
前述したように日本の牡蠣養殖では一般的に「イカダ垂下方式」が採用されているが、温暖で餌も少なく、水深も懐も浅い那佐湾のような海洋環境には適さない。そこでリブルが採用したのが、欧州を中心とした海外で広く行われている干潟を利用した「シングルシード生産方式」だ。
牡蠣をカゴに入れてばらばらに養殖するもので、潮の満ち引きによってカゴが海中に沈んだり、海面に出たりする。この過程で牡蠣は乾燥や暑さから身を守るために殻をしっかり閉じようとして、味の決め手となる貝柱が太く鍛えられる。また、カゴが波の影響を受けて揺れたり、ひっくり返ったりすることで、牡蠣同士がぶつかりあって殻が適度に削れ、均一で身入りのよい牡蠣ができる。加えてリブルが強みとしているのが、三倍体の牡蠣の種苗を人為的に作出する技術力と生産体制を有していることだ。三倍体の牡蠣とは、染色体のセットが基本となる2本ではなく3本あるもので、夏場になっても産卵せず、年間を通じて出荷できるという特長をもつ。
「シングルシード生産方式の特徴は、サイズも形も揃っていて、しかも味がよく、はずれの少ない牡蠣を歩留まり高く生産できることです。これに、三倍体の牡蠣の種苗を組み合わせることで、年間を通して計画的に養殖し、出荷することが可能となります」(岩本様)
もっともシングルシード生産方式といえども、海にカゴを放置したままで牡蠣が養殖できるわけではない。カゴが波の影響で適度に揺れることが生育に影響を与えることが分かっており、定期的に人の手で環境に合わせてカゴの浮力を変えて揺れ具合を調整するなどの世話をしなければならない。しかし、そのタイミングや強度などをいつ、どのように決定するのかは、経験や勘に大きく依存しているのが実情だ。
「リブル社内でもその知識とノウハウを持っているのは岩本しかおらず、養殖事業を他の地域に横展開するとなると、岩本がサポートに出向かなければなりません。そうした属人性を避けるためにも、データに基づいた牡蠣養殖のノウハウを共有できる仕組みづくりが必須だったのです」(早川様)
データに基づいた牡蠣養殖のノウハウの蓄積。これこそがリブルが目指す牡蠣養殖のモデルづくりの核心だ。
こうした考えのもとで運用されているのが、KDDIによって構築されたIoTの仕組みだ。牡蠣の生育に大きく関係する「水温・気温」「濁度」「カゴの揺れ」といった環境データを、養殖場のワイヤーやカゴに取り付けられたセンサーから定期的に収集しKDDI LTE通信網を通じてクラウド (KDDI IoTクラウドStandard) にアップロードして蓄積する。
このデータはグラフ化された状態でパソコンやスマートデバイスで確認できるため、すべての関係者が共通の基準で環境変化をモニタリングすることができる。
「これまでは漁場の状況や天候、気温などの変化を見ながら、カゴの揺れ具合を変えていましたが、言ってしまえばそれは私の主観でしかありません。その時々で私の下した判断が本当に正しかったのかどうかを検証するためにも、客観的なデータが必要です。具体的には牡蠣が種苗から成品になるまでの間に、どんな揺れや温度の変化を体験し、どれくらいの量の植物プランクトンを摂取してきたのか、IoTセンサーから収集したデータの積算値と各ロットの生育状況を紐づけながら分析を行います。KDDIのIoTの仕組みによってこれが可能となりました」(岩本様)
そしてもう1つ、リブルとKDDIが共同で開発を進めているのが、日々の作業を効率的に管理するスマートデバイス上で利用できる「漁場管理アプリケーション」だ。
「このツールに、各カゴに入っている牡蠣の養殖期間、大きさ、個数などその日の作業内容を入力することで、養殖場にいながら作業日誌を更新することができます。このデータもIoTのセンサーデータと共にクラウド上に保管され、一覧で表示できるため、管理作業の効率化を実現します。これにより実施した作業の共有や振り返りが可能となり、ノウハウを蓄積していくことで生産性の向上を目指します」(永岡)
永岡 恵二
リブルでは最終的に、環境が異なる海でも、一定の品質を保った牡蠣の生育を再現できるシステムの実現を目指している。そのためにはより多くのデータを収集・蓄積して分析することが必要になる。
早川様は、「データ分析については徳島大学の協力を得て、機械学習をはじめとするAIの手法も活用しようとしています。そこから導き出された推論モデルを漁場管理アプリケーションと連携させることで、それぞれの養殖場で収集・蓄積したデータをシステムが自動的に判断し、漁業従事者に対して『今カゴに種苗を入れてください』『カゴの浮力を増やしてください』といったガイダンスをするようにしたいと考えています」と、今後の構想を示している。
「初心者が明日からでも牡蠣養殖を始め、初年度から収益を得られるシステム」の実現を目指し、あまべ牡蠣スマート養殖プロジェクトのさらなるチャレンジはこれからも続いていく。