日本におけるアマゾン ウェブ サービス (AWS) ソリューションプロバイダーの草分けとして、国内企業へのクラウド普及をリードしてきたアイレット株式会社 (以下、アイレット) 。
同社は2017年からKDDIグループの一員となり、2022年7月からはKDDIのデジタルトランスフォーメーション (DX) 事業を担う中間持株会社KDDI Digital Divergence Holdings株式会社の傘下に入った。新しい体制の中でアイレットが持つ強みはどう生かされるのか。アイレットのアジャイル事業を取り仕切る平野 健介 氏に話を伺う。
アイレットは2003年に創業され、クラウドの普及とともに飛躍的な成長を遂げてきた企業だ。AWS が日本市場に進出してすぐにクラウドの可能性に着目し、2010年にはクラウド構築・運用・保守などのクラウド導入総合支援サービスである「cloudpack」の事業を立ち上げた。2年後の2013年には「APN プレミアコンサルティングパートナー」(注1) の1社として認定され、今日に至るまで保持し続けている。
また、AWSに加えて Google Cloud のソリューションビジネスも展開しており、Google Cloud Partner Advantage プログラムにおいて「 Google Cloud プレミア Service パートナー」の認定を取得している。
平野 健介 氏
「創業時は創設者実家の二階が本社という文字どおりのベンチャーでしたが、AWSのビジネスに先駆的に乗り出したことで飛躍のきっかけをつかみました。現在は、クラウドを知り尽くす精鋭の技術者集団であることを強みとしながら、大小さまざまな規模で、数多くのお客さまと取引させていただいています」と、アイレットのアジャイル事業部で事業部長を務める平野 健介 氏は語り、同社の強みついて次のように説明を加える。
「クラウドを知り尽くしているということは、お客さまの要望を叶えるために、機能やマネージドサービスを徹底的に使い尽くせるということです。これにより、ゼロから何かを作り込む作業を減らし、システムやアプリケーションの立ち上げと開発スピード、そして保守性を最大限に高めて、コストを引き下げることが可能になります」
こうした技術力とノウハウを後ろ盾にした cloudpack は、クラウドの導入設計から構築、監視、運用、アプリケーション開発、デザイン制作までの優れたサービスを包括的に提供するソリューションとして多くの企業に支持され、2022年9月時点で国内約2,500社、年間約4,500を超えるプロジェクトへの導入実績を有している。
アイレットは現在、クラウドインテグレーション (cloudpack) 事業と開発事業、デザイン事業の3つを柱にしながら、KDDIとの提携事業にも力を注いでいる (図1) 。
KDDIとの協業について、平野氏はこう話す。
「当社が2017年にKDDIグループの一員となって以来、2つの協業実績を積み上げてきました。
一つはKDDIの自社サービスにおけるAWS移行や新規構築・開発を行っていく、もう一つはKDDIと当社が一体となって、お客さま向けのソリューションを開発、外販する取り組みを展開することです。このうち年を追うごとに比重を増してきたのが、後者の開発、外販であり、その延長線上にKDDI Digital Divergence Holdings (以下、KDH) グループへの参加 (2022年7月) があったといえます」
KDHグループには、アイレットのほか、KDDIアジャイル開発センター (開発事業) 、KDDIウェブコミュニケーションズ (ウェブサービス事業) 、Scrum Inc. Japan (人材、組織開発支援) の3社が参加している。これらの4社がそれぞれの強みを生かして連携しながら、KDDIのDX事業を加速させていくことになる。
「KDHグループを構成する各社とは、これまでもお付き合いがあり、どのように協業すれば、お客さまにとっての価値を最大化できるかは分かっています。そうしたKDHグループ、ひいてはKDDIグループ全体における当社への期待は、クラウドネイティブの技術をフルに生かした開発やスキル、ノウハウにあると認識しています。今日、多くの企業がDXに着手し、クラウド領域の拡大や開発と運用を一体化させたDevOpsへの関心が高まっていますが、ここで重要になるのはクラウドのマネージドサービスを駆使したシステム開発と運用の高度なスキル、ノウハウです。それをもってお客さまのDXをドライブしていくことが、アイレットが担うべき重要な役割であると考えています」(平野氏)
平野氏の言葉にもあるとおり、KDDIとアイレットの協業はすでにさまざまな実績、成果を上げている。好例の一つが、KDDIが2016年から手がける「スマートドローン」のプロジェクトだ。本事業は2022年4月に設立されたKDDIスマートドローン株式会社 (以下、スマートドローン社) が引き継いでいるが、アイレットは2018年から本プロジェクトに参加し「運航管理システム」の開発に携わっている。
運航管理システムは、スマートドローンの中核を成す仕組みであり、モバイル通信を使った遠隔自律飛行や長距離飛行を実現し、ドローンによる映像・画像の撮影・転送の制御も可能とする。加えて、飛行ルートを設定するだけで「上空電波利用申請」が自動で行える機能を備えており、「飛行許可申請」についても開発中である。
その開発協力をアイレットに仰いだ理由について、 スマートドローン社のプラットフォーム開発部 部長 杉田 博司 氏は次のように振り返る。
杉田 博司 氏
「アイレットに開発をお願いしたのは、運航管理システムのバックエンド部分で、ドローンからクラウドに送られる位置情報やカメラ映像の管理・伝送などを司る重要なシステムです。そのようなクラウドシステムの開発を外部企業に委託し、処理内容をブラックボックス化させてしまうと、何らかの障害が発生したときに適切な対応が即座にとれません。そこで、KDDIのグループ企業であり、かつ、クラウドシステムに関して豊富な実績と経験を持つアイレットに開発を一任することにしました」
もっとも、ドローン運航管理のバックエンド開発は、アイレットにとって初の取り組みであり、プロジェクトの遂行には相応の苦労もあった。例えば、担当した開発チームにとってクラウドを使った映像伝送は未知の領域だったが、映像を低遅延かつセキュアに伝送する仕組みづくりが必要だった。これを解決した方法を平野氏は次のように語った。
「このハードルは、AWSのマネージドサービスを駆使できる領域であったことや、KDDIグループ内外の有識者のサポートが得られたことで乗り越えることができました。映像伝送部分の開発は当初は外部に委託していましたが、あえてそれを避け、スマートドローン社が何を目指したソリューションなのかを熟考した上で、チーム内で解決策を開発し成し遂げることができました。この意義は大きく、同社のコンセプトに100%合致した映像伝送の仕組みが構築できたと考えています。これは『クラウドのマネージドサービスを駆使すれば必ず道は見つかる』という信念とスキルをもったチームの粘りに粘った成果といえるかもしれません」
この言葉を受けて、杉田氏もプロジェクトチーム内製の意義についてこう指摘する。
「仮に、映像伝送部分の開発をアイレットではなく、外部パートナーが継続的に担当したとすればスマートドローンソリューションの将来的な拡張や多様化へのシステム側の速やかな対応が難しくなる可能性が大きくあります。その意味で、アイレットの問題解決能力の高さや粘りには感謝しています」
こうした粘りやクラウドに関する技術力のほかに、もう一つ、アイレットがスマートドローンのプロジェクトで成果を上げられている要因がある。それは、アジャイル開発の体制で開発を行ってきたことだ。
「スマートドローンのような新規事業に向けたシステムは、どのような機能や仕組みが必要なのかが明確には見えません。
ゆえに、その開発を進める上では、プロトタイプを作り、評価して、ブラッシュアップしていくプロセスを短サイクルで回していくことが必須となります。実際、今回のスマートドローンのプロジェクトにしても、システムの要件を定義して仕様を固めてから実装に入る従来のウォーターフォール型で開発を行っていれば間違いなく破綻していたはずです」
さらに平野氏は、アジャイル開発の有効性について以下のように続ける。
「すべてのシステムの開発にアジャイル開発が有効ではありませんが、市場ニーズやビジネスニーズの変化が激しい今日において、DXの一環としてお客さま向けのシステムを開発するのであれば、仕様を固めているうちに状況とニーズがガラリと変容し、仕様を一から見直さなければならなくなることが常に起こり得ます。また、システムをリリースしたのちも、継続的な機能の変更、強化を図らなければならないはずです。そのようなシステムの開発には、アジャイル開発の手法で臨むことが必要で、そこに実践スキルのある当社がお手伝いできる機会が多くあると考えています」
アイレットとKDDIの協業は、他にもさまざまな案件が進行中である。特に、KDDIとアイレットが一体となってお客さま向けにクラウドソリューションを提案・提供するビジネスは、年を追うごとに案件の規模が大きくなっていると、平野氏は明かし、今後の展望について次のように話す。
「KDDIとの関係が深まって以降、当社が取り引きするお客さまの規模が大きくなっていて、直近1年間をとらえても、過去最大規模の開発案件を受注しています。おそらくKDHが設立されたこれからは、より大規模な案件がDX案件を中心に一層増えていくと思いますが、これまでどおり規模の大小によらず、すべてのお客さまに対して、スピード感と高い品質をもってクラウドソリューションを提供していきます。加えて今後は、AWSと Google Cloud という両プラットフォームのよさを折衷し、お客さまにとってベストなマルチクラウドソリューションも積極的に提示、提案してまいります」