渋谷の新たなランドマークとして、2019年に竣工した「Abema Towers (アベマタワーズ)」。
創業来渋谷を拠点に事業を展開してきた、株式会社サイバーエージェントの新本社ビルである。
ビル1階にはABEMAのスタジオも併設する。
そのスタジオで2022年2月21日、日本初となるKDDIの5G SA (スタンドアローン) を活用した生中継が行われた。
ニュース、スポーツ、アニメ、オリジナルドラマなど。24時間365日、インターネット網を使い、オンデマンドならびにライブストリーミング形式で、さまざまなジャンルの番組を提供している「ABEMA」。
茅野 祥子 様
WAU (Weekly Active Users) は約1,500万前後を推移、アプリのダウンロード数は8,300万 にもなる。ABEMAの特長を、技術局の茅野様ならびに田中様は次のように話す。
「トレンドに敏感で常に新しい番組が企画されており、制作から配信するまでの期間が非常に短いです。そのため地方ロケなど、通信環境が整っていない場所から安定して高品質な映像を伝送することが課題でした」(茅野様)
「現場からスタジオに中継する際には、固定回線、携帯キャリア、衛星回線など、どのような回線が現場に引けるかが肝になります。現場の状況を調査し、回線手配や伝送機材を準備して弊社拠点まで伝送するにはそれなりの時間が必要でした」 (田中様)
ABEMAでは、4G LTEなどの携帯回線に加え、Wi-Fi、LANといった回線網を束ねることで広帯域の通信を担保する、ボンディング技術を活用したライブ中継システムを使用することもある。
「ただ、人の大勢集まるイベント会場だといくらボンディングしているとはいえ、それぞれの回線で確保できる帯域が絞られてしまい、高品質な映像をユーザーに届けられないリスクも抱えていました」(田中様)
そこでKDDIは、パブリックな5G回線を使いながらも、通信網を論理的に分割することができるネットワークスライシングと、同技術を実現するための5G SA (スタンドアローン) を提案する。
田中 優貴 様
近藤 信輝 様
サイバーエージェントで、映像配信環境の開発や整備業務に携わっている近藤様は、提案を受けたときの気持ちを次のように話す。
「ABEMAの技術局とも連携しながら、5Gの活用については以前から検討していました。その中で我々が求めているのは5G SA (スタンドアローン) だと感じており、いち早く導入したいと思っていました」(近藤様)
2022年2月21日の午後7時より配信のDJ LIVE番組「ABEMAMIX」内の一部で、Abema Towers 1階の公開スタジオから、5G SA (スタンドアローン) の本格活用を見据えた実証実験が行われた。
5G SA (スタンドアローン) とは、5G基地局に5G専用に開発した、コアネットワーク設備を組み合わせるシステムのことである。
撮影で使う映像元もSA (スタンドアローン) 規格のスマートフォンを活用するなど、5Gの技術のみで通信するシステムだ。同システムを使うことで、5Gの特長である高速・大容量に加え、先述したとおり、ネットワークスライシングの実装が可能になる。
本プロジェクトにおいて5G SA (スタンドアローン) の導入を進めてきた、KDDIの担当者は次のように説明する。
「ネットワークスライシングは、利用者のサービスに応じてモバイルネットワークを論理的に分割 (スライス) する技術です。サービス、利用者ごとに回線を分割し、ユースケースごとに最適なネットワークを提供していくことを目指しています」(安藤)
安藤 裕貴
山下 海里
「今回の実証実験でもAbemaTV様の映像中継用ネットワークと一般のスマートフォンユーザーが使うネットワークを分離し、番組中継に必要な通信品質を確保しました」(山下)
実証実験で使った回線は、KDDIが一般に提供している5G網である。そのためAbema Towers 付近を歩く一般ユーザーが回線を利用している。そこで、ネットワークスライシングにより、ABEMAの映像中継ネットワークと一般のネットワークを分割することで、中継映像がほかの通信の影響を受けにくくなる、という技術だ。
KDDIでは実証実験が行われた2022年2月21日から、サイバーエージェントに限らず、法人のお客さま向けに5G SA (スタンドアローン) サービスの提供を始めた。
回線を敷設することが、安定した通信環境の整備であることは間違いない。一方で、これらの整備には時間がかかる。地方で利用者が少ないエリアなどでは、計画自体が難しいといった課題もある。
5G SA (スタンドアローン) であれば、基本的にはこれらの準備の必要がなくなるため、コスト削減や業務効率化が期待できる。環境が整っていれば、5G SA (スタンドアローン) 規格のスマートフォンひとつで、有線で行っていた高いレベルの映像配信が可能になるのである。
「新しい未来のテレビABEMAを、いつでもどこでも繋がる社会インフラに」は、サイバーエージェントのパーパスである。どんな環境やデバイスであっても、高品質なコンテンツをいつでも確実に届ける。その実現に向けた取り組みを、茅野様は次のように話す。
「自社での探究はもちろん、サイバーエージェント含むグループ会社やKDDIなどの各種事業者とも情報交換するなど、常に最新の技術トレンドをキャッチアップし、導入できるように日々調査、研究しています。非常時に備え、複数の技術手段を確保することも心がけています」(茅野様)
KDDIとサイバーエージェントでは、以前から技術的なやり取りが行われていた。KDDIはAbema Towersの通信環境構築の際にも相談を受けて、実際に構築してきた。ポイントは、“協業”であることだ。
「我々から一方的に提案するというより、技術面などにおいて実務を通じて実際に困っていることをお伺いして、その上で今回の5G SA (スタンドアローン) のような、KDDIが持つ最新の技術などをご紹介します。さらに情報交換やディスカッションを重ね、プロジェクトを立ち上げるなど、協力し合いながら新しいサービスを一緒につくりあげている感覚です」(安藤)
5G SA (スタンドアローン) はKDDIから提案したと先述したが、実は前段がある。動画配信といったサービス以前、従業員が利用する通信環境がWi-Fiでは物足りないと感じていたため、5Gにステップアップしたいとの相談があったのだ。Abema Towersなど、現場の環境整備や構築を担当している増田様は、次のように説明する。
増田 雄亮 様
「当初はローカル5Gも検討しました。しかし、専用端末が必要であることや、将来的にはエンドユーザー向けサービスでの活用を見据えた際に適していないなどの難点がありました。このようなことから、5Gスペックでありながらも別の環境がないかと探していました」(増田様)
Abema Towersへの5G導入は、2021年9月から始まった。実際、社員がWeb会議などでこの5Gを普通に使っている。ただ当初は、5Gのメリットがすべて享受できるSA (スタンドアローン) ではなく、NSA (ノンスタンドアローン) であった。5Gの導入から約半年、いよいよ今回の実証実験、5G SA (スタンドアローン) を使った実サービスへの活用につなげていく。
「正直、実験前は不安もありました。しかし、実際に行ってみると回線負荷の高い状態でも安定的に配信できることが確認でき、我々が考えていた以上の効果がありました」(増田様)
今後は自社の施設ではなくほかの場所で。その先のステップとして、まさにABEMAの描く「高品質」な中継を「スピード感を持って」実現するために活用していきたい、そうなるように期待していると、AbemaTV、サイバーエージェント側からは期待の声が聞かれた。
一方で、今回の実証実験ではスライシングは映像配信に特化した設定であり、今後はほかのコンテンツや分野においても、5G SA (スタンドアローン) ならびにスライシング技術を活用していきたいと、安藤や山下は展望を語る。
今回の実証実験の成功を受け、さまざまな業種のお客さまから問い合わせがあった。AbemaTV同様、以前から問い合わせのあるお客さまもおり、5G SA (スタンドアローン) への期待は確実に高まっている。
このような期待の声に応えるべく、KDDIは5Gネットワークコア設備ならびに、5G基地局の整備を進めていく。
5G SA (スタンドアローン) に対応したスマートフォンが登場することによって、いずれはスマートフォンが1つあればどこからでも高品質な映像を送ることができるようになる。
高速大容量、高信頼・低遅延といった5Gの強みを最大限活用するために、KDDIは5G SA (スタンドアローン) の整備をスピード感持って進めていく。