今や、企業の生存競争を左右する要因と言えるDX。とりわけデータを起点とした事業設計や意思決定は、競争力を決める重要な要素になりつつある。しかしながら、データドリブンな経営スタイルの確立は容易ではない。果たして、データ活用の理想と現実の間には、どんな課題があるのか。どうすればデータ活用をビジネスの成果へとつなげられるのか。データサイエンスの第一人者である滋賀大学 河本 薫 教授と、KDDIが新設したデジタルチャネル営業部の吉冨 雄一、仲村 英俊に聞いた。
―― 近年、データ活用の重要性が各所で叫ばれる一方、まだ多くの企業が十分にその恩恵を授かっていないように思えます。これらの原因はどこにあるのでしょう。
河本様 ケースバイケースではあるものの、多くの企業さまで散見されるのが、データ活用やDX自体が目的化しているケースです。例えば「データ活用人材を何百人育成します」「こんなデータ基盤を作ります」といった目標が掲げられるのですが、これらは手段であり、目的にはなり得ません。
データ活用が目的化してしまうと莫大な費用をかけてデータ基盤を作った後に「さあ、どこに使おうか」と考えるような、本末転倒な進め方になってしまいます。
いうならば、どんな料理を作りたいか決めていないのに、食材と調理器具を揃えるようなものです。
もう一つ、多くの企業さまで散見されるのが、データ活用を事業の主管部署で考えず、すべて外部の専門家 (社内のDX組織や場合によっては外部のコンサルタント) に丸投げしてしまうケースです。
河本 薫 様
データ活用は本来、当事者が試行錯誤を繰り返しながら、その事業にフィットするスタイルをインタラクティブに、流動的に作り上げていくものです。したがって、事業の当事者ではない人に任せても、なかなか核心をついたものにはなりません。
もちろん、外部に委託することが悪いわけではありませんが、少なくともデータ活用を行う当事者が最低限の知識を身につけるなどして「自分ごと」にしなくてはうまくいかないでしょう。
――では、そうしたことを踏まえつつ企業がデータ活用を成功させるには、何が肝になりますか。
河本様 まず行うべきは、「どんな会社にしたいのか」を具体的かつ明確に描き、きちんと言語化することです。
それを行うことで、現状で何が足りないかが自ずと見えてきます。その足りないものを満たすためにデータをうまく活用するという順序が本来の形で、まずは考えることに、きちんと時間と予算をかけることが大切です。
――KDDIでは今年、「デジタルチャネル営業部」を新たに立ち上げました。どんな部署になりますか。
吉冨 雄一
吉冨 近年はEC・ネットショップの仕組みを活用したさまざまな事業が国内外を問わず登場し、大きな成果を上げています。今や単純に日用品などを売るだけでなく、自動車や不動産を売ったり、あるいはモノだけでなくさまざまなサービスをも販売したりと、以前では考えられなかった形でECが活用されています。ただし、その多くはBtoC領域における取り組みであり、BtoB領域においてECはまだ十分に浸透していません。
そこで当社は、法人のお客さまとのお取引をECのチャネルで行うべく、新たに部署を立ち上げました。それが、私たちの所属する「デジタルチャネル営業部」です。お取引をEC化することで、お客さま企業の購買プロセスが変わり、これまでにはなかったデータが蓄積されます。それを有効に活用することで、満足度や利便性をより高める形で還元し循環していきたいです。
EC化することで商談や契約作業の工数を圧縮できる点も、お客さま・当社双方のメリットとなります。
まだ発足したばかりですが、ゆくゆくはKDDIグループ内のさまざまなモノやサービスをECで展開していきたいと考えています。
――企業が社内外のデータ活用を行うにあたっては、事業部間でのデータ共有がうまく進められないとの声も聞かれます。それを解消するためにはどのようなアプローチが必要でしょうか。
河本様 日本の会社、特に大企業は縦割りの組織形態が多いため、データのやりとりにあたって利害関係が発生しやすい状況にあります。それがデータの部門間共有を阻む要因といえるでしょう。難しい問題ではありますが、うまくデータ活用を行っている企業に共通するのは、経営幹部クラスのメンバーがデータ活用のプロジェクトを担っていることです。経営に一定の権限を持つメンバーが推進役になってこそ、縦割り組織の壁を乗り越え、いわゆる「経営マター」で横断的にデータ活用を進めることができます。事業部のマネージャーや部長ではなく、執行役員や常務クラスが推進役となる形が理想ではないでしょうか。
仲村 他の部門に蓄積されたデータを活用するには、それなりのノウハウや知識が必要になりますので、組織横断でデータ収集できる担当者を設けることも一つの方策になると思います。また、他部門に多少なりともリソースを費やしてもらう必要性が出てくるケースもあります。
そうした場合、データ分析の結果をきちんと共有するなど社内において「ギブアンドテイク」の関係性を目指すこともポイントだと考えています。
仲村 英俊
――データ活用を始めようにも、まずは限られたリソースで始めざるを得ないケースもあるかと思います。そこからどう広げていくべきでしょうか。
河本様 確かにコスト意識の高い会社ほど、成果が見えづらい取り組みに対して多額の投資をすることには抵抗を覚えるでしょう。そうした場合には、現状の持ち得る人的リソースを使い、まずはできる限りのデータ活用をトライアル的に行うことも一つの方法です。
私が民間企業でデータ活用を推進した際には、まず現時点で入手できるデータを手作業で集め、できる範囲でのデータ分析を一気通貫で行いました。例えば、機器の故障予測をするのであれば、各組織の業務システムに散在しているデータを苦労して集めて手作業で結合し、それらデータを用いて精度は十分に高くなくとも予測モデルを作り上げ、故障予測モデルを作れば確実にビジネスメリットが出ることを事業部や会社に認知してもらいました。
こうした前段を踏まえた上で「では、これを持続的に行うべく、データ基盤を整備しましょう」という形で社内の合意形成を進めました。
データ活用を進めたいのであれば、こうして段階を踏んだり、逆に会社が投資する機運になったタイミングで一気にデータ基盤を作ってしまったり、状況に応じた現実路線の選択も大切になります。
仲村 私たちも、BtoB向けECという新しいデジタルの取り組みを、各関係者に納得感をもってもらいながら進めていきたいと考えています。そのためには、本質的に必要なことをわきまえつつも、時には現実的な施策や検討が求められると考えていたので、河本先生のお話に背中を押していただいた感覚があります。
――デジタルチャネル営業部の今後の展望をお話しください。
吉冨 ゆくゆくは、BtoB領域のお取引に関して、決して一つの商材ではなく多商材にEC展開を広げていきたいです。
また、あらゆる規模のお客さまとお取り引きできる形を目指します。河本先生のお話で「段階的に」というキーワードが出ましたが、我々もその考え方に倣い、着実にステップを踏んでいこうと考えております。
――最後に、データ活用の本格化に取り組む企業さまに向けてメッセージをお願いします。
河本様 繰り返しになりますが、データドリブン経営を競争力の源泉とするには「どんな会社になりたいか」を明確にすることが重要です。そこを起点にしてこそ、真に成果を生むデータ活用法を導くことができます。データ活用を目指す機会だからこそ、自社の目指す姿に今一度、じっくり思いをはせていただければと思います。