インターネット上の革命と呼ばれる「メタバース」。2023年に入り、各界のビジネスに新たな動きが出てきている。
世界の巨大IT企業が相次いで参入するメタバース市場において、今後どのようなビジネス可能性が考えられるのか。メタバースの概要や現在地、企業の立場から見た今後の活用可能性について、中央大学 国際情報学部 教授 岡嶋 裕史 様に話を聞いた。
――そもそもメタバースは何を実現できる技術なのか、その定義を教えてください。
岡嶋 裕史 様
岡嶋様 市場での定義はさまざまですが、私は「現実とは違うロジックで動く、現実よりも快適な生活が送れる空間」と理解しています。
現実に失望した人が自分にとって都合のよいフロンティアを求めて移住する仮想空間、といっても過言ではありません。アバターや360度3Dビューといった個々の技術だけでなく、こうした体験に着目することが重要だと考えています。
気をつけたい点として、メタバースを語るときには「デジタルツイン」とは分けて考えなければなりません。
ゼロから自分向けにカスタマイズされた快適な空間が「メタバース」、現実の写し鏡のようなものが「デジタルツイン」です。
将来的に両者は統合されたり、簡単にスイッチングできたりするかもしれませんが、マネタイズ視点で見るのであれば両者は技術としてもサービスとしても別のものとして扱う方がよいでしょう。
――なぜ今、メタバースが注目されているのでしょうか。
岡嶋様 ここ数年でメタバースが注目された背景にあるのがコロナ禍です。
以前であれば、大学の理事会で「仮想授業を実施すべき」と提案しても、賛同を得ることは難しかったでしょう。
しかし、コロナ禍がタイムマシンのように機能して時計の針を進めたのです。本来、20年近くかけて進むはずだった意識の変化が一瞬で起こってしまった。
いまであれば、仮想で授業をやってもよい、仮想の世界で働いてもよい、という考えを持つ人の方が多いのではないでしょうか。コロナ禍のインパクトはとても大きかったと思います。
岡嶋様 メタバースのような新しい技術や発想に基づく仕組みが世の中に出てきたときには、それが普及するかどうかは、社会からどう見られるかが大事です。過去にiPhoneが出てきた際「アプリひとつで何でもできる窓口になるため、あらゆるサービスの結節点になるかもしれない」と著書に記したところ「あんな玩具が仕事に使えるわけがないだろう」と批判を浴びました。
今でこそさまざまなサービスの窓口として使っていますが、そこまでに10年という期間が必要だったのです。
これと同じで「メタバースは仮想世界です」と言っても「仮想空間に世界なんてない」と反論を受けます。今でこそ注目を集めるメタバースですが、「生きるにふさわしいひとつの世界」だという考え方が根付くまでには、20~30年という時間が必要だと思います。
――メタバースについて、KDDIではどのような取り組みをしていますか。
川本 大功
川本 我々は2019年から渋谷区観光協会様、一般社団法人渋谷未来デザイン様と一緒にテクノロジーやエンターテインメントを使って、都市体験を拡張することをテーマに活動してきました。当初は実際に渋谷の街を訪れた人に対し、AR (注1) やMR (注2) を使って都市体験を拡張する世界観を考えていたのですが、コロナ禍で外出自粛となったことが転機となりました。
外出自粛中や緊急事態宣言で、街の活気は失われました。
でも、もし自宅から渋谷にアクセスできて、渋谷らしい体験ができたとしたら、外出はできなくても都市と生活者の関係性を繋ぎとめることができるんじゃないか、と考えました。同時に外出自粛中はいわゆる「Zoom飲み会」が流行りましたが、同じものを食べて、会話はできても、会った気はしません。それは空間が共有できてないから、だと思っていました。そこで、インターネット上にデジタルな渋谷の場をつくり、そこに集まれば、「渋谷で誰かと会った感覚」を得られるかもしれない。そんなアイデアから、渋谷区公認の「バーチャル渋谷」を作りました。
そのため、実は最初からメタバースと呼ばれるものを作ろうと思っていたわけではありません。都市体験を拡張するという一連のテーマの中で、実際に街に訪れることができなくなった状況を補完するためにバーチャル渋谷が必要だと考えたのです。
そのためKDDIは、都市連動型メタバースの実現を目指しています。
メタバースについてはいろいろな定義がありますが、ある意味インターネット上に生まれたひとつの都市、いま作られつつある都市という捉え方もできると思います。さまざまな人が集まって、コミュニケーションして、創造性を発揮する場所。そして、リアルとインターネット上の都市がつながって、お客さまの生活圏が広がっていく。これらを実現していくことが大事だと考えています。
―― メタバースに対する企業からのニーズも増えているのでしょうか。
山次 学
山次 2021年11月末にバーチャル渋谷の「1DAYイベントパッケージ」をプレスリリースに出しました。
それ以降、お客さまから少しずつお問い合わせが来るようになり、 2022年5月から秋にかけて問い合わせ件数が一気に増えました。
弊社としてもメタバースセミナーの実施等、法人企業さまとのコミュニケーションを積極的に図っておりますが、メタバースに対する各企業さまの期待値が高まっていることを実感しています。
特に高い関心を寄せられているのが経営層の方々です。
普段の商談ではお会いできないような会長・社長クラスの方から直接問い合わせをいただくケースが増えています。
お客さまビジネスに貢献したいと考える我々としては、またとないチャンスなので、メタバースを含めたDXご支援に注力している状況です。
しかし、現時点は情報収集フェーズの企業さまも多く、「メタバースに関心を持っているので、KDDIからバーチャル渋谷の話を聞きたい」と、弊社取り組みの紹介をするケースが過半数です。バーチャル渋谷を含めた弊社の取組みや考え方を説明し、それを踏まえた法人向けソリューションを整理した上でお客さまとディスカッションする。こういった流れで商談をしています。
――今後ビジネスにメタバースの導入を検討している企業も多いと思います。メタバースのビジネス活用に際して何かヒントはありますか。
山次 まずは社内でメタバースに対する理解者を増やすことが重要です。例えば、記念式典やワークショップ等の企業内イベントをメタバースで催して、そこである程度の経験を積んだ後に採用活動やお客さま向けセミナーを行ったり、バーチャル渋谷で大々的に宣伝活動をしたりすることをおすすめしています。
また、いま手掛けているのが、企業の社長や役員、担当者の方にアバターとしてバーチャル空間に入っていただき、実際に椅子へ座ったり、展示物に触れたり、会議を開催いただくといった体験づくりです。バーチャル渋谷ではイメージしづらい部分も、企業の活用シーンに沿った個別空間ならイメージしやすくなる。メタバースがどういうものか実感していただくことが大事だと思います。
――バーチャル渋谷では「1DAYイベントパッケージ」を販売されています。これはユーザーや企業にどのようなベネフィットをもたらしているのでしょうか。
山次 「1DAYイベントパッケージ」はバーチャル渋谷の空間を期間限定で貸し切り提供し、KDDIの運営サポートのもと自由に使っていただくサービスです。
渋谷という多くの人が知っている空間であり、メタバースによる通常を超えた体験が提供できるので、一般消費者向けにサービスや製品をアピールするにはこの上ない環境と言えます。中には、バーチャル渋谷で入社式を開催された企業もあります。
意外性をつくれることがメタバースのよいところですね。
川本 空間の中でやったことは体験として残るという点もポイントです。単に映像で見ただけでは、体験として記憶に残ることはありません。過去に実際の渋谷で体験したことをバーチャル渋谷の中で思い出したり、逆にバーチャル渋谷で体験したことを実際の渋谷の街で思い出したりと、お客さまが経験した体験として記憶に残るのです。
川本 もう一つ、ビジネス化へのポイントとなるのが「コミュニケーションの強み」です。気軽に誰かと会える、会いたい人と会えるという体験はバーチャルだからこそできることなので、コミュニケーションと、時間さらに場所を共有することで得られる「会う」という体験はビジネスにも活かせるのではないでしょうか。会える人は何も実際の人だけじゃありません。キャラクターやVTuberといったリアルでは会えない人にも会えるわけです。
山次 さきほどバーチャル渋谷での入社式の事例をお話しましたが、ステージ上で話していた社長のアバターが突然ステージから降りてきて、新入社員と音声チャットを始めたことも印象的でした。本来は気軽に話せる関係になくても、アバターであれば隣同士で何でも話せます。ビジネスであればお客さまとの距離を縮める、タッチポイントをつくるといったことに活用できそうです。
――さまざまな可能性が期待できるメタバースですが、今後メタバースを事業に活用していこうと考えている企業はどのような視点を持つとよいでしょうか。
岡嶋様 マネタイズの規模でいうと、今後可能性が広がっていきそうなのはデジタルツインやミラーワールド、AR、スマートグラスではないかと思います。
現時点のビジネスチャンスの得やすさでは「バーチャル渋谷」のような現実世界と結びついた、利用者にとってわかりやすいものに商機があるのではないでしょうか。
今でこそメタバースが注目されていますが、長期的な潜在利用者数はデジタルツインのほうが多いと見込んでいます。
また、メタバースでマネタイズを本格化させるためには、技術的にも、社会構造の変化を待つ意味でも、あと5年くらいの時間が必要だと思います。企業としては流行のメタバースに目が行きがちですが、そこで存在感を示したいのであれば、すぐに売上を立てようとせず「体験づくり」から始めるべきです。仮想空間であれば空を飛んだりレースに出たり、有名人と握手したりできますが、こうした体験づくりは既存のビジネスを破壊する可能性を秘めています。
たとえば、アイドルとの握手会はリアル世界での商品・体験ですが、簡単にコピーできない体験であるからこそ商品としての価値が出るわけです。もしデジタル技術で簡単に体験がコピーできるようになったら、極端な例ですが握手会の価値がなくなることも考えられます。仮想空間上で体験が売れるようになることはさまざまな可能性を広げる反面、既存ビジネスモデルを破壊する可能性もあるということを知っておくべきだと思います。
――KDDIからメタバースビジネスに関する意気込みやメッセージをお願いします。
川本 現在メタバースと呼ばれているものは、目的に合わせて使うデジタルツールの選択肢の一つに過ぎません。
「メタバースをやりたい」と、ご相談されることもありますが、必ず目的や、やりたいことをお聞きするようにしています。
手段が目的化してしまって、無理やり仮想空間を作ったところであまり意味がなく、他の選択肢を取った方が目的に合致する場合も多いからです。
山次 KDDIでは今回ご紹介したバーチャル渋谷に限らず、個別のご要望への対応も積極的に行っています。先駆者としてバーチャル渋谷の対応で培ってきた知見や体制、そして弊社が出資しているクラスター社 (注3) との連携も生かし、お客さまの目的や状況を踏まえたトータルなご支援を今後も提供していきたいと思います。