サイバー攻撃などの脅威に適切に対応し、製造業DXを成功させるためにはどうするべきか?セキュリティ対策の考え方と具体的なステップを解説します。
DXの荒波はいま、日本の基幹産業である製造業にもダイナミックに押し寄せている。とりわけ注目されるのが、IoT技術などを活用して工場のデータを収集し、製造プロセスの最適化を図る「つながる工場」の実現だ。
しかし、企業が真のトランスフォーメーションを遂げ、新たな価値を創出するには、越えなければならない壁もある。
製造業DXを成功に導く視点を、株式会社INDUSTRIAL-X 代表取締役にして、“ミスターIoT”とも称される八子 知礼 様と、KDDIで DX推進に携わる内田、正代の2名に話を聞いた。
――IoT・ARなどの技術を駆使した「つながる工場」を目指す企業が増える背景には、どのような要因があるのでしょうか。
八子様 まず挙げられるのが、日本の労働人口減少です。
絶対数が減少しているだけでなく、国際競争力の低下も相まって、外国人労働者を雇用するハードルも上がり続けています。さらに、近年は多品種少量生産が求められており、市場変化への対応力も必要になっています。
つまり、以前よりも少ない労働力で、より複雑な製造が求められるわけです。その実現にはテクノロジーを効果的に活用し、より洗練された製造プロセスをつくり上げる必要があります。
つながる工場が話題になる背景には、そういった環境変化があるのです。
八子 知礼 様
正代 智之
正代 通信技術の進化も、つながる工場の広まりを大きく後押ししています。
高速大容量・多数同時接続・超低遅延を特長とする5Gの利用環境が整ってきたことで、工場の設備機器を遠隔からリアルタイムで制御することが可能になりました。
弊社も多くのお客さまから「5Gを活用して、現場を変えることはできないか」とご相談をいただいています。
内田 より高速な通信を行える5G SA (Stand Alone)も登場しました。これにより、各社の特性の異なるユースケースに応じて、柔軟なネットワーク提供が可能となります。
今後、そうした大容量、かつ柔軟性を持ったネットワーク活用がますます広まるでしょう。
内田 力
八子様 スマートフォンの出荷台数が飛躍的に増えたことも、製造業のDXを後押ししています。
IoT が広まり始めた2000年代中盤は、まだセンサー機器が高額であったがためにブレイクし切れなかったのだと考えています。
ところがその後、スマートフォンが爆発的に普及したことで、スマートフォンに搭載されているセンサーを手頃に活用できるようになりました。
例えば、自動販売機にセンサーを組み込んでモニタリングできるよう改変するとしましょう。
2000年代にはセンサーが非常に高価で数十万円かかっていたものが、今ではその10%程度の費用で実現できる。さらに取得したデータを、通信キャリア網を介して瞬時に伝送することが可能となりました。これらの技術進歩が「つながる工場」の普及に果たした役割は大きかったと言えます。
八子様 もう一つ見逃せない要素が、クラウド技術の発達です。これにより、センサーから取得したデータを自前のハードウェアに頼ることなく高速で分析できるようになりました。
――「つながる工場」の実現により、企業はどんなメリットを享受できますか。
八子様 データによって工場を見える化することで、「どの工程がボトルネックになっているのか」が明確になります。もし、ある工程の生産性 (の指数) が120と非常に高くても、どこかに生産性が40という工程があれば、工場全体のスループット (単位時間当たりの処理能力) は40になってしまう。
裏を返せば、そのボトルネックを見つけて、的確に改善することで、スループットを大幅に高められるわけです。
さらには工場の中だけでなく、マーケット全体における需給のバランスを鑑みて、生産計画やバリューチェーン自体を最適化できる。このように、さまざまなレイヤーにおいてスループットを最大化できる点が、つながる工場の最大のメリットです。
内田 ひとたび工場に5G回線を入れると、DXの可能性が一気に広がる点もポイントです。
例をあげると、「工場設備の映像を撮り貯めて分析することで、設備の故障を予知して安定稼働させたい」というニーズがあったとします。そのために、5G通信環境を導入する。そうすると、5Gは先ほど述べた、高速大容量、かつ多数の同時接続が可能なため、他のさまざまなデジタル化にも活用できる。作業員の自動健康管理や、AMR (自律走行搬送ロボット) による工場内の清掃や点検の自動化など、さまざまな可能性が出てきます。
通信環境を整えるにはまとまった初期投資が必要になるものの、ひとたび導入すればその環境を最大活用いただくことで、投資額を遥かに上回る効果が見込める。
そこも、つながる工場の魅力の一つではないでしょうか。
八子様 IoT市場は、コロナ禍前までは「可視化」を目的としたものが主流でした。
ところが、パンデミックにより生産現場に行きにくくなったことで、リモート制御のニーズが一気に高まった。
そうして今では、「リモート制御」と「セキュリティ対策」の2つがIoTマーケットの一大トレンドになりつつあります。
あわせて、通信技術の発達を受け、そこにレイテンシ (注1) の最小化も求められている。これから先、セキュアな通信環境のもとで生産をほぼリアルタイムでリモートコントロールできる工場がどんどん生まれてくるでしょう。
正代 工場のリモートコントロールに関していえば、弊社ではMEC (メック) (注2) のソリューションもご提供しています。
これを活用すれば、工場で機械トラブルや不審者の侵入などが起こった際、映像を解析する時間が格段に短縮され速やかにオペレーターに伝える、あるいは機械を止めるといったことも可能になる。工場の完全な無人化も、そう遠くない未来に実現するのではと考えています。
――製造業DXを進める際にぶつかりやすい課題と、その解決策を教えてください。
八子様 「新しい工場を作る」と意気込んで始めたDXであっても、最初は「紙の帳票をなくす」といった段階も経ながら一歩一歩積み上げていかねばなりません。
ここで一歩を間違えると「いったい自分たちは何をやっているんだろう」「この取り組みの先に、つながる工場が生まれるのか」というようなDX迷子になりかねない。
そこで、最初に描いておきたいのが「DXのロードマップ」です。最終的にこんな姿に変化 (トランスフォーメーション) するんだ。そのためには、いつまでにこの段階へ進まないといけない。そのロードマップを工場全体、会社全体で共有し、メンバー全員が目標地点を常に見つめながら、目の前の地道な変革を粛々と進めていく。それが、つながる工場を実現する上で重要なポイントになります。
正代 現場で製造に携わる方々は、現場一筋の人も少なくありません。「そもそもDXとは何なのか、きちんと知りたい」と言われることが多々あります。だからこそ私たちは、まずは工場長をはじめ現場の方々への情報共有からスタートし、デジタルの価値やDXの意義を一つ一つ丁寧にお伝えしていく。やはり、いくら本社の方が必要性を理解してくださっても、現場の方が意義を感じられなければ、中身のあるDXは実現できません。そこで、こうした共通認識づくりには重きを置いています。
内田 共通認識をつくるためには、工場にVRのゴーグルを持参してデモンストレーションさせていただいたり、逆に東京・虎ノ門にある弊社の5Gビジネス開発拠点「KDDI DIGITAL GATE 」へお招きし、5Gを使ったさまざまなソリューションに触れていただいたりもしています。やはり皆さま実物に触れると一気に理解が深まるようでして、「これは現場で使えそうだな」と、さまざまなアイデアを創出いただいています。
そのようにして工場の製造担当者と何度もやりとりしながら、現場が真に求めているものを形にしていくことが、製造業DXを成功させる近道であると実感しています。
――最後に、製造業DXに取り組み「つながる工場」の実現を目指す企業に向け、メッセージをお願いします。
八子様 製造業の企業さまにはぜひ、新しいお客さま、あるいは新しいサービスを生み出すところまで到達していただきたいです。IoTによる見える化で課題解決を実現した後、その見える化の環境とノウハウを同じ業界の方々に外販する。
それにより「ものづくりカンパニー」だった企業が「ソリューションカンパニー」に変貌を遂げる、というような例も生まれています。工場がつながった先にどんなものづくりの世界を築いていくのか、どんな誇れる工場になるのかを、DXに取り組む際にぜひ夢としてしっかり描いていただきたいです。