<本稿は、「ダイヤモンド・オンライン」に掲載された記事を転載しています。>
人口減少、労働力不足、環境問題など、日本が抱える社会課題は年々増大している。一方で、課題解決の糸口となるデータ解析や予測を行うAIは飛躍的に進化。その力を集結させれば、構造変化を乗り越え、日本が世界のトップランナーへと返り咲く“勝ち筋”を描き出せるはずだ。KDDIは、日本のデジタル化をスピードアップさせるための新たなビジネスプラットフォームを始動させた。キーワードは“協調”と“競争”である。
「課題先進国」といわれるほど、膨大かつ複雑な社会課題に直面する日本。日本経済の低迷が叫ばれて久しいが、人口減少による労働力不足はその深刻な課題の一つだ。
限られた人手で業務を回さなければならないため1人当たりのタスク量は増大し、就労時間も長くなる。過酷な労働に耐えられず、人が職を離れ、ますます労働力が不足するという悪循環に陥っている企業も少なくない。
労働力の確保を行う傍ら、これまで人間が対応してきたことを自動化・効率化し、より生産性や付加価値を生み出す業務へとシフトさせるため、デジタルの活用に力を入れる企業は着実に増えている。
桑原 康明
「デジタル活用の第一歩は、非デジタルをデジタルにすることです。あらゆるものに通信が溶け込む今、スマートフォンやパソコンを起点としてデータを取得し、その中から価値を生み出していくために、まずは端末の導入やSaaS (Software as a Service=サービスとしてのソフトウェア) の導入が一番の出発点になると考えています」
そう語るのは、KDDIの桑原康明代表取締役執行役員副社長である。
「業務効率化のためのデジタル活用は、日本でもかなり定着したと認識していますが、目指すべきなのは、デジタルによる“生産性向上”と、それによる製品・サービスの“付加価値向上”です。付加価値の高い製品・サービスを提供し続けることが、持続的な業績の向上や、社員の賃金アップなどの好循環につながるからです」
KDDIは2024年2月、そうした企業の成長を支援するため「KDDI BUSINESS」という法人事業ブランドを立ち上げた。
同社が掲げる「『つなぐチカラ』を進化させ、誰もが思いを実現できる社会をつくる。」というKDDI VISION 2030に向け、「お客さまの事業成長にコミットする」(桑原副社長) という意思が込められたものだ。
「個別の課題解決を目的とするソリューションやサービスの提供にとどまらず、お客さまの事業成長を支援し、業界ごとの共通課題や社会課題の解決に貢献していきます。そのために、KDDIの強みである安定的でセキュアな通信・ネットワークを土台に、クラウド、SaaS、AIなどの多様なソリューション、新たにグループ企業として加わったフライウィールやELYZA (イライザ) の力を柔軟に組み合わせることで、お客さまのデジタル化をワンストップかつ強力に推進する体制を整えました」と桑原副社長は説明する。
KDDIは24年5月、日本のデジタル化をさらに加速させるためのエンジンとして、新たなビジネスプラットフォーム「WAKONX (ワコンクロス)」を始動させた。
「WAKON」という名称は、日本固有の精神を失わず、西洋からの優れた知識や学問を取り入れる「和魂洋才」に由来。「X」(クロス) は、あらゆるものを掛け合わせ無限の可能性を生み出していくことを意味する。
「日本は海外の優れた技術やサービスを取り入れて独自にアレンジし、価値を高めることが非常に得意だと思っています。古くは自動車産業に始まり電化製品から食文化に至るまで、多くの好事例があり、今後、資本提携したローソンと描く「次世代型コンビニサービス」もその一つになりそうです。私は、この和魂洋才によってイノベーションを推進していくことこそが、デジタル化・価値創造をスピードアップさせる勝ち筋だと確信しています」(桑原副社長)
このビジネスプラットフォームは、業界ごとのニーズに応じて最適なネットワークを提供する「Network Layer」、企業間のデータをセキュアに蓄積・融合・分析する「Data Layer」、DXに必要なAIやソフトウェアを業界ごとにファインチューニングして提供する「Vertical Layer」の三つの機能群で構成されている
「Network Layer」については、5G、グローバルに広がるIoTなどの通信回線、そして24時間365日の監視・運用体制が大きな特徴だ。
「われわれは、世界で約5000万回線のお客さま向けにIoTを提供しており、弊社のサービスを利用するコネクティッドサービスは全世界で約2600万回線に上ります (数値は24年5月時点、KDDI調べ) 。このように全世界に広がるネットワークを、地域別ではなく全てワンストップで運用・監視ができる点は強みです」と桑原副社長は語る。
また、世界で45カ所以上もの自社のデータセンターを持っており、これが「WAKONX」の「Data Layer」を支える基盤になっている。KDDIのデータセンターには、世界中のメガプラットフォーマーや通信キャリア、インターネットプロバイダーなど、あらゆる事業者とつながる「コネクティビティデータセンター」があり、AIの利用が加速する中でこの価値は高まっていくと予想できる。そして、より汎用的なAIモデルを構築していくための大規模計算基盤、個社ごとの企業データ同士を安全に掛け合わせて分析するデータクリーンルームの整備を進めている。
「Vertical Layer」では、各業界のデジタル化をスピードアップするため、業界共通で使えるものを標準化していく機能を担っている。例えば、物流業界や放送業界、モビリティ業界など、各業界特有の課題を解決するために最適化されたソリューションを開発し、提供していく。
これら三つのレイヤー全ての運用やサービス提供に、KDDIの最新AI技術を取り入れることで、企業の業務効率化や自動化を加速させていくのが「WAKONX」の特徴である。
桑原副社長は、「三つのレイヤーにおいて、AIが非常に重要な要素になってきます。AIの活用に関して、弊社で取り組んでいくことは主に三つです。
一つ目は通信設備の自動化と効率化。
例えば、基地局のトラフィック予測からお客さまが必要とされる場所を選定します。
二つ目は、社内の業務効率化。
社内でのAIの利活用が、お客さまに対してよりよいサービスを提供していくためのベースになると考えています。
そして三つ目はお客さまに提供するサービスそのものです。
これには、オープンなAIを活用していくこと、スピーディーにファインチューニングして業界やお客さまに特化したAIを提供すること、そして、通信・映像・音声などの弊社のサービスそのものにAIを組み込んで提供することが含まれています。
日本語LLM (大規模言語モデル) とファインチューニングについては、24年4月に連結子会社化した東京大学発の生成AIスタートアップ、ELYZA (イライザ) と共同で進めるなど、グループの力を結集させてプラットフォームを進化させ続け、完成度を高めていきます」と語る。
これらを後押しするKDDIならではの強みは、「リカーリングモデル」と「マルチコンタクトポイント」だ。
「Sier (システムインテグレーター) が提供するビジネスプラットフォームと『WAKONX』の大きな違いは、通信と運用をベースとした月額モデル (リカーリングモデル) で常時つながっているため、お客さまの利用状況が継続的に把握できることです。状況分析に基づいて、より良い使い方の提案ができ、お客さまにとっての付加価値創出の好循環を生むことができます。
また、グローバルに広がるIoTに加えて、約3000万件に上るauの携帯電話ユーザーと約2000店舗のauショップ、資本業務提携したローソンの店舗約1万4600店など、リアルとバーチャル双方で豊富なマルチコンタクトポイントを持っていることも強みの一つです (数値は24年5月時点、KDDI調べ)。これらのリアルな接点を基に、DX、データ活用によって新たなサービスや価値を付加していくことができると考えています」(桑原副社長)
KDDIがこの「WAKONX」の三つの機能群で追求しているのは「日本のデジタル化をスピードアップ」させていくための二つの使命――「協調」と「競争」だ。
「既に業界ごとに、協調が進み始めています。そのため、協調できる領域に課題を解決する共通のフレームを作り、サービス化してご利用いただくという発想です。これによって投資が削減されれば、お客さまは自らの付加価値を高めるためのサービス創出や強化、つまり競争領域への注力ができます。この協調と競争の両面をスピードアップさせていくことが、われわれのミッションだと思っています」(桑原副社長)
この二つの使命の下、企業の事業成長や社会課題に貢献する取り組みは既に幾つも動きだしている。
例えば、KDDIとトヨタ自動車は、コネクティッドカー向け通信プラットフォームを世界展開しているが、これにはトヨタ自動車のみではなくマツダ、SUBARUも参画している。これは企業間の協調によって、コストを抑えながら社会課題の解決にも貢献する仕組みを作り上げた好事例といえる。加えて、安全・安心なモビリティ社会の実現に向けて、人流および車両のビッグデータと過去の交通事故統計情報などのデータをAI分析し、交通事故発生リスクが高いと予測された危険地点を見える化するソリューションの提供を予定している。
また、「物流の2024年問題」(トラックドライバーの時間外労働規制) に対応するため、KDDIと伊藤忠商事、豊田自動織機、三井不動産、三菱地所の5社共同で動きだしたのが、フィジカルインターネットの事業化だ。
フィジカルインターネットとは、荷物や倉庫、車両の空き情報などを、業種を超えた企業間で共有し、最適な輸送ルートを選んで効率よく貨物を運ぶ共同配送の仕組みのこと。パケット単位で効率的な情報の送受信を実現しているインターネットの考え方を物流に適用したものであり、インターネット発展の変遷を経験してきた通信事業者だからこそ、その知見が生かせる分野といえる。
また、最適な輸送ルートの構築にあたっては、全国に中継倉庫を配置する必要があることから、椿本チエインとの合弁で設立した物流倉庫の自動化ソリューションを提供する会社と共に、「物流DX」の推進によって、人手不足という社会課題の解決に貢献することを目指している。
「『WAKONX』は今後もさまざまなパートナーに仲間に入っていただき、イノベーションを起こし、よりお客さまにとって使いやすいプラットフォームに進化し続けることを目指しています」
桑原副社長は、欧米と比較して日本のイノベーションが進まない大きな理由の一つに「スタートアップ企業」への支援や協業の在り方があるとも語る。米国のようにスタートアップがどんどん成長していく傾向が、日本には現状ない。
「米国のスタートアップ企業のほとんどは、ビッグテックにM&Aされています。対して、日本はIPO (新規株式公開) が半分です。私はスタートアップ企業を応援することも、日本のイノベーションを活性化させるために非常に大切だと思っています。
そこで、『スイングバイIPO』という取り組みを始めています。いったん、スタートアップ企業を大企業がM&Aし、支援して事業成長したのち、IPOするという手法です。M&AとIPOという二つの従来の手法をミックスした、新たなアプローチです。
また、ここでつながったスタートアップ企業が『WAKONX』にも新たな機能や価値をもたらしてくれることで、よりお客さまに良いものを提供することが可能になります」
日本は今や人口オーナス期に入り、少子高齢化・人口減少が進み社会保障費などの負担増で、経済成長が阻害される危機に直面している。そんな中でも再び日本経済を奮い立たせ、世界でも通用するようなモデルにしていきたいと、桑原副社長は語る。
「誰もが自分の思いを実現できるような社会を、この人口オーナス期に入った日本で実現したいと思っていますし、日本はそれを世界で最初に実現できる国であると願っています。そうでないと、やっぱり日本の未来は明るくなりませんから」
KDDIの新たなビジネスプラットフォームで、日本が再び輝きを取り戻す時代がやって来るかもしれない。