2025年3月27日のまちびらきから4カ月、いよいよKDDIの新本社が高輪でグランドオープンし、KDDIグループ社員1万3千人による“実験”が本格的にスタートした。 本記事では「まちアプリ」「ロボットサービス」など、本実験に携わった担当者に、開発の裏側や「TAKANAWA GATEWAY CITY」に込めた想い、これからの展望について聞いた。
2025年3月27日に「TAKANAWA GATEWAY CITY」のまちびらきが行われてから、約4カ月が経った。
もともとこの地は江戸時代に江戸の「玄関口」として栄え、明治には日本初の鉄道が走るなど、日本と西洋の技術が融合した革新の土地だった。このイノベーション発祥地で未来のまちづくりの実験場として活用しようというコンセプトで始まったのが、「TAKANAWA GATEWAY CITY」のプロジェクトだ。
KDDIはJR東日本とまちづくりにおける協業を開始してから、法人の事業成長と社会課題の解決を支援するビジネスプラットフォーム「WAKONX」の取り組みの1つである「WAKONX SmartCity」を通じ、新しい技術やサービスの導入・展開を進めている。
KDDIが街を使った実証実験に本格的に取り組む理由。それは、KDDIの強みである通信やICTの技術・ノウハウを活かし、街の価値を高め続けるためだ。JR東日本が交通インフラを支える一方で、KDDIは通信・ICT分野を担う。「交通と通信」を掛け合わせることで、新しい価値を共に生み出していく。
「不動産は時間とともに経年劣化し、価値が下がっていくのがこれまでの常識でした。しかし、通信とICTの力を活用すれば、街や建物の利便性や快適性を高め、価値を維持・向上させることができると考えます。」とビジネスイノベーション推進2部グループリーダーの依田は言う。
例えば、街で集めた人の行動データや商業データをリアルタイムで分析し、企業に共有することで、商業店舗はフードロスや在庫切れを防げる。その結果、高輪の街全体のサービスレベルを上げることができるという仕組みだ。
「KDDIは通信事業者なので、auスマホユーザーの位置情報・属性情報・興味関心データなどデータも持ち合わせています。これらと街のデータを個人情報保護に配慮しながら融合し分析することで、さらなる価値を生み出していけると考えています。」(依田)
また、KDDIはJR東日本と協力し「交通×通信」という両社の強みを組み合わせることで、人口減少や環境問題などの社会課題の解決も目指している。従来の都市中心の「拠点集約型スマートシティ」からさらに進化させ、都市部のコアシティと郊外・地方のサテライトシティが一体となって機能する「分散型スマートシティ」の実現を図っている。
「TAKANAWA GATEWAY CITY」では、従来の街やオフィスで課題となっていた問題を解決していく。例えば今までの街・オフィスは、訪れる人や働く人がその空間に合わせるのが当たり前だった。そのため、例えば「街の中で一息つきたいがどこに行けばよいかわからない」「ランチで並ばなければならない」「飲み物が欲しくても、打ち合わせで席を離れられない」など、小さなストレスが満足度や効率を下げている部分があった。
こうした課題を解決するために、“街が人にあわせる仕組みづくり”に取り組んでいる。例えば、リアルタイムで街の状況を提供してくれる「まちアプリ」では、駅の改札を通過した瞬間におすすめの店舗やクーポンの情報が届くほか、オフィス内においては社食の混雑状況・メニューの在庫などをスマホ上で確認できる。無駄な行列を避けられるため、限られた時間を有効利用できるようになるのだ。また、ロボットデリバリーは会議中でも必要な飲み物をロボットが届けてくれる。社内便についても配送スピードが向上するうえに人件費も抑えられるため、企業にとっても多くのメリットがある。
「ロボットもその日のデータによって最適化するので、コーヒーで一息つきたいな、甘いものが食べたいな、というタイミングでデリバリーが行われるようになります。まちアプリでタイムリーに欲しい情報が手に入れられたり、ロボットが必要なものを届けてくれたりするのは、街を訪れる人はもちろん、ワーカーにとっても空間や街が人に寄り添ってくれることを感じられる体験だと思います。」とAIビジネス企画部 エキスパートの多々良は説明する。
ロボットはデリバリーだけでなく、ほかにも清掃や警備、案内、人の移動など多様な役割を担う。また、メーカーの異なるロボットをプラットフォーム上で一斉に制御し、街・オフィスの混雑状況などを把握しながら人の動きに合わせて運行する。このように、メーカーや事業者の垣根を越え、ロボット同士はもちろん、ロボットと人や街の設備との協調を実現できるのは、高輪ならではの特長だ。こうした仕組みは働く人の負担を減らすだけでなく、業務効率化をもサポートする。
さらに、オフィスで働く人だけでなく、街の運営者や店舗を出店している企業へ向けたサービスも開発している。
それが「TAKANAWA GATEWAY DASHBOARD」だ。これは街の人流を3Dシミュレーションによって可視化・分析・予測するもので、イベント時の警備計画や販売計画を精緻化することができ、結果的に街に訪れる人々へ安心や快適さを提供することにもつながる。
多々良は「構想段階でも、この街ならではの価値は何か、誰のため、何のための仕組みか、そしてビジネスとしてどのように成り立つか、を何度も検討を重ねてきました。訪れる人だけでなく、毎日働く人にとっても街が寄り添ってくれる――。そんな仕組みを積み重ねることで、働く人も愛着を持てる街にしていきたいです。」とワーカーにとっても大きな恩恵を感じられる街を目指すことを改めて語った。
本実験の大きな特長として、KDDIグループの社員自身が街の実験に直接参加している点がある。実際に、KDDI本社も2025年7月1日に「TAKANAWA GATEWAY CITY」のTHE LINKPILLAR 1 NORTHに移転しており、社員が街の中で日常的に実験に関われる環境が整っている。では、実際に社員が参加することで、どのようなメリットがあるのだろうか。
「KDDIの社員が実験に参加することでヒト・環境・技術が揃うことになり、実証のスピードや効率を高められるという点でも大きな意義があります。たとえば街の様子をカメラで撮影する場合、そのデータを活用するには肖像権などの問題もあるため、一般の人の映り込みに配慮するなど慎重に進める必要がありますよね。しかし、社員自身が日々の業務の中で自然にデータ取得や検証に関わることができれば、チャレンジのスピードも加速できます。」 (依田)
また、多々良は「大規模な実証に参加するだけでなく、まちアプリのアクション機能のように、街での行動をデータとして可視化することで、街と人のつながりを深める仕組みもあります。社員はオフィスに入るだけでもまちづくりの参加者になれるため、出社するだけで自分もこの街の一員としてまちづくりに関わっている、という実感が生まれやすくなります。このような街と人をつなぐ取り組みによる成果は、ほかのエリアにとってもデータを活用した次世代のまちづくりの礎になれると考えています。」と話す。
オフィスが街とつながり、社員一人ひとりの体験が実証の場になることで、街の進化も加速していく。 「もちろんプレッシャーもありますが、前例のないことにチャレンジできる環境があること、社員が技術の最前線に立って挑戦できることは誇らしいことです」と依田は前向きに語った。
WAKONX SmartCityの取り組みはこれからさらに広がっていく。
依田は「集めたデータによって人を知り、人に還元することが大事」と強調した。例えば、WAKONXの一つ「WAKONX Retail」でも活用されているような、店舗や街におけるお客さまとのリアルな接点と、KDDIが持つ通信やICTの技術をかけ合わせれば、より多様なシーンで価値を創造できる。真夏の暑い日に高齢者が長時間街を歩いていたら、近くのローソンからロボットが冷たい水を届けてくれる──そんな仕組みも実現できるかもしれない。さらに、WAKONXはAIやARなどの最新技術を活用しながら、街の便利さをさらに高めていくアイデアも計画中だ。
そして、高輪で生まれた仕組みやノウハウは、ほかの駅や街にも展開できる可能性を秘めている。「WAKONX Mobility」や「WAKONX Retail」など、ほかの領域や業界にもその知見やデータは生かされるため、まちづくりが進むほど、ビジネスや社会全体への価値還元も広がっていく。
今後の展望として依田は「街で得たデータが増えるほど、この街の価値が上がっていくような仕組みを目指す。高輪の街で得たデータやノウハウをほかの街やパートナーにも展開・還元していきたい。」と語る。多々良は「まだ、まちびらきをしてから4カ月。これからも街が広がるほど、できることがどんどん増えていく。利用者の声にしっかりと耳を傾けながら、寄り添ったまちづくりを今後も続けていきたい」と締めくくった。
高輪での挑戦で目指すのは、“街が人に合わせ、街と人がともに新しい価値を築き続ける”未来。そして、そこで生まれた価値をほかの地域にも還元していく。KDDIは新本社を起点に、今後も未来をつくる挑戦を続ける。そして高輪モデルをほかの街に展開して日本全国へ、将来的には世界へと広げていくことを目指していく。