2021年7月7日、茨城県立並木中等教育学校 (中高一貫校) で、インターネット投票による生徒会役員選挙が行われた。
発起人は「スーパーサイエンスシティ構想」を推し進めるつくば市。
実験の経緯や今後の展開について、プロジェクトのキーパーソンに聞いた。
森 祐介 様
――茨城県つくば市が打ち出す「スーパーサイエンスシティ構想」について教えてください。
森様 まずはその大元となる「スーパーシティ構想」についてご説明します。スーパーシティとは、内閣府が進める国家戦略特区制度のこと。2020年12月から2021年4月まで対象区域の公募を受け付け、つくば市を含む31自治体が候補地となりました。
対象区域に選定されると大胆な規制緩和がなされ、遠隔医療やキャッシュレス、自動運転といった分野でより踏み込んだ取り組みが可能になります。このようにして先端技術・サービスの導入を促し、地域が抱える課題を解決するのがスーパーシティの狙いです。
つくば市がこのスーパーシティに応募した際に打ち出した事業計画が「スーパーサイエンスシティ構想」です。テーマに据えたのは、デジタル・ロボティクスといった最先端技術の社会実装と、都市機能の最適化。その根底には「誰一人取り残さない」というSDGsの精神が息づいています。具体的には「行政」「移動」「物流」「医療・介護」「防犯・防災・インフラ」の5分野での改革を考えています。
――2021年2月に市内で行われた自動運転車とパーソナルモビリティの走行実験も、スーパーサイエンスシティ構想の一環なのでしょうか。
森様 そちらの取り組み (注1) は、国土交通省に採択されている「スマートシティモデル事業」に該当します。背景にある制度は少し異なりますが、スーパーサイエンスシティ構想もスマートシティモデル事業も「最先端技術の社会実装と都市機能の最適化」を目指すという共通のゴールに向けた取り組みです。
スマートシティモデル事業の実施にあたっては、筑波大学様やKDDI様といった官民学の組織で「つくばスマートシティ協議会」が発足されましたが、こちらの協議会もスーパーサイエンスシティ構想の取り組みに深く関わっています。
2021年7月7日、つくば市内にある茨城県立並木中等教育学校で、ある実証実験が行われた。
全国初の試みとなる、「インターネット投票」を取り入れた生徒会役員選挙である。
立候補者が公約を掲げて演説を行ったのち、全校生徒約950人のうち4年生 (高校1年生に相当) 約150人がスマートフォンで投票を行った。(残りの生徒は従来通り紙の投票用紙を使用)
スマートフォン投票を行う生徒たちは、生体認証アプリで本人確認を行い、投票システムにログイン。画面の指示に沿って入力を進め、支持する立候補者にチェックを入れて「投票」ボタンを押せば完了。所要時間は1~2分ほどだ。投票用紙であれば時間を要す開票作業や集計も瞬時に終わる。投票情報はブロックチェーン技術によって暗号化されており、匿名性も守られるという。
インターネット投票に参加した、王さんと林さんに投票後の感想を聞いた。
王さん「インターネット投票だと集計が早いし、数え間違いなども防げます。操作は難しくなかったけれど、ログインには少し手間取りました。デジタルネイティブ世代の僕らは自力で解決できますが、高齢者の方が使うとなると、少しハードルが高いかもしれません」
林さん「スマートフォンは使い慣れているので、サクサクと投票まで進めました。あまりにも簡単だったので凄さが実感できません (笑)。数分で済んでしまうので、仕事や遊びに行く合間にも投票できそうですね」
――今回の実証実験の狙いを教えてください。
森様 インターネット投票を導入する背景には、近年の若者の投票率低下があります。2020年10月に実施された市長選・市議選の投票率は約51.6%で、過去最低を記録しました。年代別の投票率を見てみると、20~24歳の若者世代が26.1%と最も低かった。
投票しないということは、税金や育児といったさまざまな公的施策に対して、自身の意向が反映できないことを意味します。つまり、日々の暮らしに直結する取り組みが自分の知らぬ間にどんどん進められてしまうわけです。
「投票へのハードルを下げることはできないものか」——この課題解決と、スーパーサイエンスシティ構想を勢いづける意味もあって、並木中等教育学校での実証実験に踏み切りました。
――数ある教育機関のなかで、並木中等教育学校を実験の場に選んだ理由を教えてください。
吉村様 発端となったのは、我々の申し出です。市がスーパーサイエンスシティ構想を打ち出していることを知り、学校側で協力させていただきたいと声をかけました。
我が校は、文部科学省「スーパーサイエンスハイスクール」(注2) に指定されています。今回の実証実験は、生徒たちが先端科学を体験するまたとないチャンスだと考えたのです。森様が当校の特別授業の講師を務めていたこともあり、話はトントン拍子で進みました。
森様 それが2021年3月ごろの話です。こちらから生徒会選挙でのインターネット投票はどうかと提案したのですが、投票日の7月7日はすぐ目の前に迫っていました。
急ピッチで準備を進め、KDDI様にサポートを要請できたのは5月に入ってからでしたね。
吉村 大介 様
――KDDIはどのようなサポートを行ったのでしょうか。
猿渡 投票に使うスマートフォンのうち120台を手配しました。当日は生徒個人のスマートフォン使用が70台ほどあったため、用意した台数のうち80台を投票に使っていただきました。前例のない取り組みで紆余曲折ありましたが、なんとか納期に間に合わせることができました。
猿渡 脩平
森様 KDDI様からお借りした端末で、生徒たちがインターネット投票を行う。この構図は、スーパーサイエンスシティ構想のデジタルインフラ整備とも重なります。インターネット投票が徐々に浸透していくと、スマートフォンを持っていない人、操作が分からない人、電波の届かない地域に住む人などが取り残される可能性がある。そうした方々には、端末を貸与したり販売したりするなどして、環境を整える必要があります。規模が大きくなると自治体だけの手には負えなくなり、通信キャリアのサポートが必要になってくるのです。
猿渡 その際には、各地のKDDI支社やauショップが、投票操作の相談窓口の役割を担える可能性も考えられますね。
――インターネット投票の実証実験前に事前学習も行われたようですね。
吉村様 生徒へ選挙の意義やインターネット投票の理解を促すために、3回に分けて「主権者教育」「デジタルID・ブロックチェーンの活用」「通信・5G」のワークショップを行いました。「通信・5G」の講師は、KDDI総合研究所の幡様にご担当いただきました。
幡 インターネットを支える通信技術はいまや生活に不可欠なものですが、あまりに身近で普段意識することは少ないと思います。ワークショップでは、時代とともに目まぐるしく変化し進化してきた通信技術の歴史をお伝えしました。5Gによってどのような未来がもたらされ、その技術がいかにして社会課題の解決に生かされるのか。興味津々で聞き入る生徒も多く、私にとっても刺激になりました。
幡 容子
――インターネット投票の実証実験を振り返ってみていかがですか。
森様 今回の投票は25分という限られた時間のなかで実施しました。まだ原因が特定できていませんが、投票まで辿り着けなかった生徒もいたようです。課題ではありますが、実際の選挙では今回のような限られた時間ではなく、期日前投票からの猶予期間がありますので、投票できなかった方へのフォローや事前の対策でカバーできるかと思います。
もう一つ気になったのは、インターネット投票の透明性です。現在の公職選挙では、開票作業の一般参観が認められており、これが不正の抑止力にもなっていました。一方、インターネット投票が実現すると投票から集計までの過程がコンピューター上で行われるため、「この過程で不正はない」ということについての住民の信頼をどのように得ていくかは重要な課題です。
幡 そういったインターネット投票を含め、“ブラックボックス化の解消”や”透明性の担保”を行えるよう、さまざまな研究が進められています。私たちKDDI総合研究所もその取り組みを進める機関の一つです。今後も研究を進め、通信技術+αの価値を提供していきたいと考えています。
――最後に今後の展望をお聞かせください。
森様 インターネット投票には改善の余地があります。今後も改良を重ねて、ゆくゆくは公職選挙に本格導入できればと考えています。その頃には、今回の実証実験に参加した並木中等教育学校の生徒も選挙権を得ているでしょう。“インターネット投票ネイティブ”の参加が投票にどのような影響をもたらすのか、今から楽しみです。
吉村様 実験に参加できたことは、生徒たちにとってかけがえのない体験になったと思います。学校側としても生徒たちにチャレンジする姿を見せることができました。今後も積極的に協力していきたいです。
猿渡 インフラとしての通信を提供していくのは前提として、KDDIならではの技術やサービスでスマートシティ実現に貢献していきます。
幡 インターネット投票に限らず、デジタル化が進む過程ではさまざまな弊害が出てくるものです。課題が顕在化したとき、通信キャリアだからこそできることを追求し続けていきたいと思います。