単なるデジタルテクノロジーの導入ではなく、DX (デジタルトランスフォーメーション) の本質や根幹など、知識はもちろんマインドも含めたDX人材の育成に多くの企業が取り組んでいる。一方、自治体では、まだまだDXに取り組めていないケースが多い。そんな中、長野県塩尻市はDX人材の重要性にいち早く気づき、取り組みを開始した。
具体的にどのような取り組みなのか、塩尻市ならびに取り組みを支援しているKDDIの担当者、4名の取材を通じて紹介する。
「ICTのトップランナー」――。
長野県民であれば、この言葉を聞いて、ある市を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。人口約7万人、長野県のほぼ中央、辺りを山々に囲まれた松本盆地の南端に位置し、いにしえのころより車・鉄道とも、東西交通のハブとして発展してきた長野県塩尻市である。今から25年以上前の1996年、公共のインターネットプロバイダー事業の運営に着手。2000年には同じく市独自で、光ファイバー回線網を整備し、本庁と支所や地区センター、博物館や学校、保育園など各種市営施設を同ネットワークで結ぶと共に、監視拠点となるオペレーションセンター、塩尻情報プラザを開設した。
「自治体の戦略は職員で議論して策定する組織風土があったので、DXについても、市の職員だけで戦略を作り上げることができました。住民と日々接している私たちだからこそ、住民の方々が抱えている課題や悩みを心底分かっている。その当事者が戦略段階から作るのが当然だと考えました」(小澤様)
塩尻市が掲げたDX戦略の特長は、内部・外部のDXを同時に、協調しながら進めている点だ。内部はいわゆる行政DXで、デジタル技術の導入などにより、職員の業務効率化や働き方改革をより進める。一方、外部は地域DXを指し、同じくデジタル技術を導入し、都市機能を革新的に向上させ、住民の多様なライフスタイルに寄り添える地域社会を実現していく。
地域DXの代表例が、オンデマンドバス「のるーと」や、自動運転EVバスを活用した、MaaSの実現だ。オンデマンドバスとは、専用のスマートフォンアプリで乗車する時刻と場所、降車地を入力 (予約) すると、AIがそのリクエストに応え最適なルートを設定する乗合型の交通サービスである。ピックアップ拠点は2022年2月現在111箇所に上り、車両は4台を実装。特に、子どもや高齢者の送迎に便利として好評だという。
一方でDXの推進には、これまでのICTの取り組みとは異なる課題が浮かび上がってきた。
「まさにDXの本質、根幹の部分ですが、一部のエキスパートが取り組むだけではダメで、全職員が当事者意識を持ち、取り組む必要がありました」 (北野様)
職員間でDXに対する意識のバラつきが生じたのだ。わかりやすいのがデジタル化による業務の効率化だ。例えば、紙で行っていた集計業務をパソコンやスマートフォンによるデータ取得に変えれば、数時間掛かっていた作業が数分に短縮できるはず。ところが、職員は目の前の仕事に追われていて、そうしたDXを進める意義やメリットを説いてもなかなか全職員に浸透するには至らなかった。
「私たち組織内部の職員だけでDXに取り組む意義を伝えることに限界を感じていました。そこでDXに取り組むマインドチェンジを起こすために、外部の専門家から伝えてもらおうと考えました」(北野様)
そのため裁量も現場担当者 (係長クラス) にかなりの部分が委譲されており、今回のDX人材育成プロジェクトも、2021年6月に企画を開始し、その数カ月後の2021年内に、トライアルではあるが最初の取り組みが実施された。
塩尻市に提供されるDX人材育成ソリューションは、KDDIグループ会社である株式会社ディジタルグロースアカデミアのサービスをベースに作成されたもの。
2021年度のトライアルでは、主に以下3つの施策が行われ、その内容をフィードバックし、来年度以降の施策を改めて作成・実行していく。
まずは、市役所の全職員約400名を対象に、デジタルに関する知識やリテラシーならびに、DXに取り組む適性などを測定するアセスメントを実施した。
さらに、2022年の2月に、DX教育として基礎研修を実施。こちらも全職員400名を対象に行われた。(注)
このDX教育の講師は株式会社ディジタルグロースアカデミアの社長 高橋範光様。
まず初めに「DXとは?」といった基礎的な内容からスタートし、小澤様と北野様が最も意識している、職員全員で取り組む意義やDXによる自治体の未来像が語られた。さらに、取り組む際に注意すべき点、AI、RPA、チャットボットといった実際に使う技術要素、これまでのITとの違いなど具体的に取り組む上で理解しておくべきことが説明された。
「KDDIとして自治体の方々に対してDXアセスメントを実施したのは初めてですが、知識レベルの測定をしたわけではありません。これから始まる取り組みについて、どのような事が考えられるか自治体の方々の意見を知るのが目的でした。もちろん、レポートは一人ひとりの職員の方々にフィードバックしていますが、来年同じようなアセスメントを実施して、どのような変化があるのかも楽しみです」(柳澤)
職員全員に実施したアセスメントをもとに、メンバーをアサインし、リーダー研修を予定している。プロジェクトのリーダーに抜擢することで、机上の学びだけではなく現場実務を通じながら、各職務におけるDXスキルを高めていく。
そうして高まったDXスキルを、今度は市役所内全体に波及させていくことが次なるステップであり、そのような状況が実現すればDX戦略の内容は実現しているに違いない。
そうして塩尻市全体の自治体DXが成功した事例を「塩尻モデル」として、DXの導入がうまく進まない全国の地方自治体に展開していくことで、地方創生事業をさらに推進していく。それが、KDDIの役割に他ならない。