現実世界のモノや空間をデジタル上で再現する、その技術によって再現されたモノや空間を意味する「デジタルツイン」。
広義では「XR (エクステンデッドリアリティ) 」の一種であり、いまや製造、不動産、建築、アパレルなど産業領域を問わず、事業価値創造のキーファクターとなっている。その発展を高度なゲームエンジンで支える、シリコンスタジオ株式会社 テクノロジー事業本部 新規事業開発部の向井 亨光 様と、KDDI株式会社 事業創造本部 XR推進部部長 上月 勝博に話を聞いた。
――そもそもデジタルツインとはどのような技術なのか、教えてください。
向井 亨光 様
向井様 「ツイン (twin) 」は「双子」を意味する言葉です。そして、現実世界に存在するものとそっくりの「双子」をデジタル空間上に再現する技術がデジタルツインです。
デジタルツインの例としては、国土交通省主導で日本全国の都市の3Dデータを、オープンデータとして提供している「PLATEAU (プラトー) 」が有名です。例えば、渋谷・新宿などの主要都市であれば、個々の建物の形状だけでなく外壁の質感、窓等 (テクスチャー) もリアルに再現したデータとして提供されています。
その中に、3Dデータで生成した車を走らせたり、実際の設計に近い建物を置いて景観や空気の流れをシミュレーションしたり、アバターを使って街中を歩き回ったり、いろいろな活用がされています。
――まさに現実世界の写し鏡というわけですね。最近耳にすることの多い「メタバース」とは何が異なるのでしょうか。
向井様 メタバースは、その中でアバターなどがさまざまな活動を行うことができる「デジタル上に構築された3D空間」を指す概念です。リアルな世界を切り離して完全に仮想空間を創造することもできます。
デジタルツインは、広い意味ではメタバースの一種であるともいえますが、3Dで構成されるCADデータなどを用いて「現実を精密に模している」という点が特徴です。
また、デジタルツインは、必ずしもデジタルで生成された空間だけを指す概念ではありません。建築物や工業製品などのモノを再現したり、また、人物を再現したりすることもデジタルツインに含まれます。
――貴社のゲームエンジンは、デジタルツインにおいてどのように用いられるのでしょうか。
向井様 一言でいえば、形状を高い精度で再現したり、精緻な質感をリアルタイムで生成したりするために用いられます。また、産業用のCADツール、デザインレビューツールなどとの連携性が高いため、いろいろな産業領域で活用できるプラットフォームであることも特長です。
――「高い没入感が得られる」といった、ユーザー体験価値の向上が期待できそうですね。そのような面以外で、デジタルツインの精度を高めることにどのようなメリットがあるのでしょうか。
向井様 最近は、AIの機械学習に用いる「教師データ」をデジタルツインによって生成することが増えています。機械学習のうち、教師データを必要とする「教師あり学習」では、正しいデータ (教師データ) をAIに示すことで自動判断を覚えこませる必要があります。例えば、自動運転を学習させるには、さまざまな条件・状況下での走行映像が必要です。
また、不良品検出アルゴリズムの学習では、膨大な量の詳細な部品データを生成して使います。
これら大量のAI学習用データを実写、あるいは実物で用意しようとすると大変な手間とコストがかかるものです。
そこで、デジタルツインで代用することによって、効率的、かつ低コストでデータの準備が可能になります。
とはいえ、形状や質感の精度が低いデータではAIが誤った学習をしてしまうおそれがあるため、精度の高いデータへの需要が高まっていると考えています。
――KDDIでは、かねてよりXRソリューション提供への取り組みを進めています。デジタルツインについては、どのように着目してきましたか。
上月 いま、ファッション・アパレル業界で「XRマネキン 」という衣服のデジタルツインを活用いただいています。2022年には、グーグル・クラウド・ジャパン合同会社のクラウドレンダリング技術Immersive Stream for XR を活用したXRマネキンを発表したり、株式会社島精機製作所と共同で開発した「XRマネキン for APEXFiz」のソリューション展開を開始したり、様々なパートナー企業とDXの取り組みを推進しています。
上月 勝博
上月 「XRマネキン」は、衣服のデザインから完成状態、さらに着用して動いた状態までを、一貫してデジタル上でシミュレートできるシステムです。衣服に用いる布の質感や特徴までもシミュレートしており、デザイナーは縫製しなくともデジタル上で完成形に近いものが再現できます。
さらに、その作成されたデータにより、店舗に備えた高精細サイネージでお客さまが「XRマネキン」を360度自由自在に動かして衣服を確認したり、室内、野外といった着用環境を選択したりして、コーディネートを確認することも可能です。
また、バーチャルファッションショー向けには着用して動いたときの布地のしわや揺れなどを確認したりもできます。
そのほか、生地の質感、着用時や動作時に発生するドレープ感 (ゆったりしたひだ感) の再現もできます。
また、ゴルフウェアであれば、実際にゴルフ場で着用しているときのイメージがビジュアルで確認できるといったメリットがあり購買につながりやすくなっています。
――このようなデジタルツインのソリューションを活用することは、アパレル業界にとって、どのようなメリットや影響があるのでしょうか。
上月 アパレル業界は毎シーズン流行が変わるため、それに合わせて新商品を提供しなければなりません。
デジタル化によって企画から製造、販売までのリードタイムが短縮されれば、より的確な商品開発につながります。
海外への生産委託を行う企業も多くありますが、デジタルツインであればデジタル上でのやり取りとなるため、委託先とのコミュニケーションもスムーズになります。また、シーズンごとに流行が変わるため、在庫の効率化が常に課題となっています。
「XRマネキン」を導入すると過剰在庫による資金面や売場面での効率性の低下を避けることが可能です。
企画から販売まで一貫したデジタル化が進めば、試作品が減少し、仕掛かり在庫や製品在庫が効率化されます。その結果、経営効率が上がるだけではなく、廃棄量も大幅に削減されて環境負荷軽減につながると期待されています。
――「XRマネキン」以外に、デジタルツインを用いたソリューションの展開はあるのでしょうか。
上月 2023年3月7日に、「αU (アルファユー) 」という、メタバースやWeb3を活用した新サービス群を発表しました。
その一つに「αU place」というVR/AR技術を活用した、実店舗と連動したバーチャル店舗でショッピングができるサービスがあります。これは、実店舗と同じ空間をデジタルツインで再現して、その中に商品を並べられるものです。
お客さまは、そのデジタル店舗内で商品を自由に見ていただき、購入したいときや参考情報やアドバイスが欲しいときなど、チャットで本物の店舗にいる店員と会話ができます。
提案と販売力が高い、いわゆる「カリスマ店員」が実店舗でも、デジタル店舗でも接客で活躍できるというわけです。
――リアルデータをデジタル化してツインを作るだけではなく、デジタル空間からリアルの店員にアクセスできるというところの相互浸透が興味深いですね。
向井様 フェイススキャンで人物のデジタルツインをつくることもできます。
カリスマ店員の方々をスキャンし接客の言動パターンをAIに学習させれば、見た目・言動を含めたカリスマ店員の精巧なアバターをつくることができるのではないでしょうか。
そうすれば、まさにAIがその店員の分身となり、デジタル空間での高度な接客を自動化できるようになります。
――人手不足やノウハウの伝承といった課題の解決にもつながりそうです。課題となるのは、いかに現実世界に近づけるか、という点でしょうか。
向井様 デジタルツイン技術で現実世界にできるだけ近づくように精度を上げていくという観点は大切です。
もう一つの観点として、「現実では得られない体験」を提供するということが、デジタルの大きな価値になります。
KDDIさんのαUは、まさにそういった新しい価値創造につながる基盤になると感じます。
――では最後に、デジタルツインの活用や新たな事業創造を志す方々に向けて、メッセージをお願いします。
向井様 まずは、あまり身構えずに、ユーザーの一人として気楽に試していただきたいですね。
その中から事業活用のヒントも見つかるのではないでしょうか。
上月 数年前と比べても、低コストで気軽にいろいろなシミュレーションやトライアルができるようになっています。
従来は、思い描いても着手できなかったことが、デジタルツイン上では比較的簡単にシミュレーションができます。
まず、そのような効果をご体験いただくことがいいのではないかと思います。