“海陸一体”で、DXと働き方改革を推進。
これまで高品質な電波が届きにくかった地域にも、安定した通信環境を構築できる「Starlink Business」。
低軌道衛星を活用することで、従来の衛星通信と比較して高速かつ低遅延な通信を実現している。KDDIでは2023年7月より「Starlink Business マリタイムプラン」(以下、Starlinkマリタイム) を法人向けに提供している。
そして、海上における通信環境、その先の船員の方の労働環境の改善を目的に、本サービスのトライアル導入を進めているのが株式会社商船三井さんふらわあ (以下、商船三井さんふらわあ) 様だ。
今回は、同社で海上の通信環境整備など、社内のICT・DXへ取り組む2名と、KDDIの担当者2名へのインタビューを通し、海上の不安定な通信環境によりこれまで抱えていた課題や、Starlinkマリタイム導入の先に目指すDX推進、働き方改革、新たなサービス展開といった将来像について話を伺った。
【コラム】衛星通信サービス「Starlink Business」 数千機の低軌道周回衛星によって提供されており、従来の衛星通信サービスに比べて大幅に高速かつ低遅延のデータ通信を実現する衛星通信サービス。 「Starlink Business」は、自然災害時の通信途絶時のBCP (事業継続計画) 利用のほか、これまで通信環境の構築が課題とされていた海上や山間部、島しょ部、大規模な開発・工事現場を始めとして、安定かつ高信頼な通信を必要とする企業や自治体での利用が想定されている。 「Starlink Business」の料金は月額制で、通信データ量に応じた6つのプランが用意されており、利用目的に合わせて柔軟に設定できる点も特長となっている。 |
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商船三井さんふらわあ様は、定期航路6航路、運航船14隻を有している国内最大規模を誇るフェリー・内航RORO船事業会社であり、株式会社フェリーさんふらわあと、商船三井フェリー株式会社の事業統合により2023年10月1日から新たにスタートした会社だ。同社は事業統合によって、脱炭素社会・DX推進、ライフスタイル等の多様化に伴う旅客需要に対応するサービスとデジタルマーケティングなどの改善、地方創生・地域経済への貢献などを推進し、さまざまな取組を進めている。
そして、それらの取組を本格化させるプロジェクトの1つがStarlinkマリタイムのトライアル導入である。
同社はこれまで多くの課題や要望があった海上における通信環境の改善に向けて、Starlinkマリタイムを内航RORO船「むさし丸」に設置してトライアル導入を進めている。
トライアル導入を検討し始めた経緯などについて、ICT・DX戦略室 室長の松本 崇史 様は次のように語る。
「これまで海上の通信環境は、特別な衛星通信の導入などをしておらず、通信会社が陸上で提供している電波を拾っていました。そのため、沖に出るとつながらなくなってしまうといった状態でした」
特に、乗組員は出発すると、数十日にわたって海上で生活することもある。私生活で、ネット環境につながらないことで不便な思いをしている乗組員も多数いるという。
松本 崇史 様
航海中は沖に出てしまうと陸上からの電波をキャッチすることが難しくなる。それゆえ、十分な通信環境を維持できず、陸上では当たり前のサービスも利用できなくなる。
山本 晋平 様
ICT・DX戦略室に所属し、乗組員として海上で仕事をしていた経歴を持つ課長代理 山本 晋平 様は、海上の通信環境について「実際、私を含めて乗組員の多くが諦めていた部分もあったと感じています。ICT・DX戦略室に赴任した際、現場の生の声を知っていただくためにアンケートをしたことがありました。そこでは『通信速度が遅い』『そもそもつながらない』といった声が集まっていたのですが、なかなか手を打てずにいました」と話す。
こうした不安定な通信環境から、主に3つの課題があったと松本様は説明する。
「1つ目は、船内業務のデジタル化が進まないことです。特に、陸上と海上とのコミュニケーション不足は安全運航を目指す上での壁になっていました。
2つ目は、乗組員の働き方改革や従業員満足度の向上が進まないことです。2022年に船員法の改正があり、国を巻き込んだ働き方改革の機運が高まっています。働き方改革を進める上では、陸上と同じような労働環境の整備が必要となり、不安定な通信環境は足かせとなっていました。
3つ目は、新たなお客さまサービスの創出機会を逃していることです。例えば、最近はリアルタイムな配信サービスがかなり人気を博しています。しかし、従来の不安定な通信環境では、リアルタイムで配信を行うことができません。こうした新たなコンテンツを含めたサービス品質の向上を図る上でも、従来の不安定な通信環境がボトルネックになっていました」
また、KDDIビジネスデザイン本部 エネルギー・運輸営業部 営業5グループ グループリーダー 山下 和は、これまでの海上での通信について以下のように話す。
山下 和
「日本近海を航海する船の多くは、陸上の携帯電話向けに展開している電波を利用して通信しています。そもそも携帯電話向けの電波は海上で利用することをあまり想定していません。当然、陸上での利用と比較して品質も下がってしまいます。そこで、衛星通信を利用する事業者さまもいらっしゃいます。ただ、従来の衛星通信は、陸上で携帯電話を利用するのと比較して通信速度が遅く、携帯電話向けの通信料金よりも高い利用料金となっています」
前述したような海上での通信の課題を解決する手段であるStarlinkマリタイムの特長について、KDDI ビジネスデザイン本部 エネルギー・運輸営業部 営業5グループの山田 一樹は次のように説明する。
「Starlinkマリタイムの強みは『高速』『大容量』『低遅延』の3点です。通信速度は、ベストエフォートで下りが40~220mbps、上りが8~25mbps。
遅延も通常利用ではほとんど体感しない程度で、これまでの海上で利用する衛星通信とは“桁違い”のサービスといえます。価格面でも、従来の陸上における携帯電話向けの通信サービスと同程度であり、初期費用も抑えられます。金銭的なコストだけでなく、設置するアンテナも人間1人で十分なほどのサイズであることから、設置に関するさまざまなコストも減らすことが可能です。アンテナは防水・防塵とともに雪や風への耐久性も高く、海上で問題なく利用いただけるサービスとなっています」
山田 一樹
加えて、山下は「一般的に電波は水の粒に弱く、強い雨が降ったときにはパフォーマンスが落ちてしまいます。ただ、当社でこれまでStarlink Businessを利用して分かったことは、相当な雨が降らない限りはパフォーマンスの低下も見られませんでした」と補足する。
KDDIは衛星通信に関する長年の経験とノウハウを生かし、日本領海におけるStarlink使用の免許取得を支援して
「Starlink Business マリタイムプラン」を提供し始めたのが、2023年7月。
そして、商船三井さんふらわあ様は早々に申し込み手続きを行い、8月からトライアル導入を開始している。
トライアル導入を始めたきっかけ、現在の状況について、松本様は次のように話す。
「当社では前身である商船三井フェリーの時代から、船と陸との通信を改善することをミッションとして取り組んできました。そうした中でKDDIさんが海上向けのStarlink Businessサービスを開始すると聞き、他社に先駆けて導入したいと思い、トライアル導入を決めました。あるイベントでご一緒した際、実際のアンテナが展示してあり、そのコンパクトさに驚きました。トライアル導入の主な目的は、乗組員の福利厚生を向上させることです。まだ取組を始めて間もないですが、既にかなり良好な通信環境を実現できています。これまで電波を拾えなかった海域でも通信できており、今後にかなり期待しています」
続けて、アンテナ設置を行った山本様は、「乗組員からも『陸にいるときと同じように通信できている』『通信速度がかなり速くなった』といった声が届いています。アンテナを設置した数日後には、乗組員から『家族とLINE通話ができた』と電話が来たほどの反響があり、驚きました。これまで楽しめなかった動画サービスを楽しんでいる乗組員もおり、業務へのモチベーションも高まっていると感じています。アンテナは操舵室の上に設置したのですが、2名で設置しましたが、予想以上に簡単でした」と語る。
Starlinkマリタイムがもたらす通信環境の改善効果は海上のみならず、会社全体に普及しており、今後に期待できると商船三井さんふらわあ様は実感している。
「現場だけでなく、経営層も効果を実感しています。これまでは見られなかったような海上での船内の映像などが経営会議でリアルタイムに共有されて、思わず拍手が上がる場面もあったほどです。新たなサービス展開への期待も高まっています。課題だった若手人材の採用にも効果を発揮すると考えています。人手不足の中で福利厚生が同業他社より優れていることは、大きな強みになるでしょう」(松本様)
商船三井さんふらわあ様では、Starlinkマリタイムを通信インフラとすることで、船上においても陸上と同じようにDX推進、働き方改革、新たなサービス展開などに利活用できると考えている。
「現在はトライアル導入として乗組員への提供にとどまっていますが、ゆくゆくはお客さまへの提供も視野に入れて、海上サービスの品質向上に向けた取組を進めていきたいです。また、海上で働くメンバーと陸上で働くメンバーの働き方に関するギャップを埋めることにも期待しています。当社には『海陸一体』という言葉がありますが、Starlink マリタイム海陸一体のコミュニケーション基盤を構築していきたいと考えています」(松本様)
また松本様はKDDIについて、「アンテナをいくつ設置するべきか、またどこに設置するべきなど、KDDIさんが蓄積しているノウハウに期待しています。また、より高度な活用方法も含めてサポートをいただくことで、国内最大規模のフェリー・内航RORO船事業会社としてのプレゼンスを高めていきたいと思います」と今後のビジョンを語る。
最後に山下は、KDDIとして「Starlink Business マリタイムプラン」サービスの今後の取組について次のように展望した。
「Starlinkそのものは、あくまで通信環境を実現するサービスです。KDDIとしては、その先でお客さまが実現する『これまでできなかったこと』や『やりたいこと』をサポートしてまいります。例えば、乗組員や乗客に対してより快適なインターネットの提供はもちろん、陸上と一体になった業務フローの改善、働き方改革、新規サービスの創出に関わることなどトランスフォーメーションについてもワンストップでご支援していきます」