業界ごとのニーズに応じて最適なネットワークを提供する「Network Layer」、企業間のデータをセキュアに蓄積・融合・分析する「Data Layer」、DXに必要なAIやソフトウェアを業界ごとにファインチューニングして提供する「Vertical Layer」の3つの機能群で構成されている。
本記事で紹介するELYZAは、この「Data Layer」における大規模計算基盤を用いながら、「Vertical Layer」においてさまざまな業界に最適化された領域特化型LLMを開発・提供していく。
現在、日本は少子高齢化による労働力不足が深刻化しており、社会全体で生産性の向上が喫緊の課題になっている。特にデジタル技術を活用したビジネスモデルの変革が求められており、生成AI活用による業務効率化や生産性向上の実現が期待される。しかし、現在LLMの領域で大きく先行しているグローバルAIモデルでは、本格的な課題解決に至らないケースも出てきており、日本企業に適したソリューションの提供が急務だといえる。
また、生成AIを単なる実証実験 (PoC) で終わらせず、実際の業務現場への導入、そして運用を定着させるための支援やツールのニーズも急速に高まっている。このような社会背景を踏まえ、KDDIとELYZAは本提携を通じ生成AIの社会実装力を高め、企業や自治体を対象に生成AIを用いた課題解決を促進していくという。
ELYZAは、東京大学松尾研究室からスピンアウトしたAIカンパニーで、国内においてLLMの研究開発および社会実装を牽引する存在だ。同社のビジョンは、LLMの社会実装を通じて業務効率化や新しい価値創造を目指すこと。2023年8月には日本語の公開モデルでは最高水準の商用利用が可能な70億パラメータの日本語LLM「ELYZA-japanese-Llama-2-7b」を開発。2024年3月には、日本語の性能がグローバルモデルに匹敵する、国内最高水準 (注1) の700億パラメータのLLMを開発した。
ELYZAのLLM研究開発の歩み
KDDIとELYZAの出会いは、偶然ではない。ELYZAの代表取締役である曽根岡 侑也氏とKDDI Digital Divergence Holdings代表取締役の藤井 彰人は、10年以上前から交流があり、KDDIグループとはさまざまな接点があった。
2023年5月、KDDIとELYZAの提携が具体的に動き出す。曽根岡氏は当時のことをこう振り返る。
曽根岡 侑也氏
「2022年ぐらいまでは単独でIPO (注2) をすることを目指していたので、大企業のグループ入りや提携をすることは考えていませんでした。そんな中、テキスト生成AIサービスの存在が世間で広く認知されるようになり、このLLM、大規模言語モデルの世界において資本も計算インフラも揃っていることが非常に重要になってきたわけです。研究開発力だけで勝つというよりは『お金の力』も含めて、継続的な事業を作っていかなければならない。この大きなゲームチェンジに対して我々は、大企業のみなさんとのパートナーシップを組む道もあると考えるようになりました」
そして2024年3月18日、株式会社ELYZAとKDDI株式会社、KDDI Digital Divergence Holdings株式会社は資本業務提携を締結。KDDIは43.4%、KDDI Digital Divergenceは10.0%のELYZAの株式を保有し、ELYZAはKDDIの連結子会社となった。ELYZAはKDDIグループの支援を受けながら、将来的なスイングバイIPOを目指すという。
【コラム】スイングバイIPO スイングバイとは、宇宙の専門用語で宇宙探査機が惑星の重力を利用して加速するということを表現した言葉。KDDIグループでは、スタートアップが大企業のサポートを得て成長し上場を目指すことを、スイングバイIPOと呼んでいる。2024年3月には、KDDIグループの株式会社ソラコムがこの「スイングバイIPO」により東京証券取引所グロース市場へ新規上場した。 ※ 外部リンクに遷移します。 |
今回の提携により、ELYZAとKDDIグループは、日本語に特化したLLMの研究開発をさらに加速させることを目指す。
今後、KDDIグループの大規模計算基盤とELYZAの研究開発力を組み合わせることで、オープンモデルを活用した日本語汎用LLMの開発が一層推進される予定だ。
また、各企業や業界、業務に特化した領域特化型LLMの開発にも取り組む。これにより、海外の汎用LLMでは対応しきれない課題を解決し、業界や企業ごとのニーズに応じたカスタマイズを行う。柔軟なカスタマイズが可能な国産LLMは、小型モデルの開発や、消費電力やコストの低減、レスポンス速度の向上などが実現できるほか、機密性の高い情報を取り扱う状況下においても活用しやすくなるという。
さらに、KDDIはKDDI Digital Divergence Groupのクラウドやアジャイル開発、データ活用などの技術と、ELYZAが持つ汎用および領域特化型LLMの開発力や、PoC (概念実証) に留まらない生成AIの現場実装力を活かし、生成AIを取り入れたDX支援サービスやAI SaaSの提供を強化する。生成AIを組み込んだAI SaaSの共同開発や共同販売を通じ、より多くの企業や自治体での生成AIの本導入を広げていく予定だ。
日本市場で国産LLMが求められる背景の一つには、グローバルモデルよりも、日本語特化モデルの方が出力の速さと効率面でメリットがあるからだという。例えば、グローバルモデルでは通常の出力を1~2回の処理で生成できるのに対し、日本語で「大規模言語モデル」の出力を得るためには10回以上の処理が必要になる。余計な計算リソースを消費しないためにも、国産モデルにこだわる必要性があるという。
また、日本市場では日本の法律や生活に根差した文化的な知識が重要になる。例えば、著作権に関する問題など、法制度が国ごとに異なる状況下でも、生成AIがその違いを正確に理解し対応できれば、よりきめ細かい業務にも対応可能になる。
曽根岡氏は一例として「法律事務所がLLMプレイヤーと組み、日本で本当に使えるサービスを開発すれば非常に価値が高い」と述べ、専門性の高い領域の事業者がLLMを導入することで、より高度なサービスの実現が期待できるとの見方を示す。
実際に、ELYZAは明治安田生命保険相互会社のコミュニケーションセンターでの生成AI導入事例を公表している。ELYZAが手掛けたのは、電話対応後の「アフターコールワーク」と呼ばれる対応記録の作成業務を自動化するサービスだ。このプロジェクトでは、日本語に特化した生成AIが、明治安田生命の過去の応対メモを学習し、通話のテキストデータから自動的に応対メモを作成する。年間約55万件の人手で行われていた作業時間を約30%削減できる見込みだ。
KDDIはELYZAと連携することで「スピード感を持った」展開にも期待を寄せる。曽根岡氏は、その一因に独自のデータセットを生み出す「データファクトリー」の存在があるという。LLM開発に欠かせないのが多種多様なデータだが、ELYZAは「自前でデータを作り、AIに学習させるフィードバックループ」を確立している。曽根岡氏は「スピードという意味では、適切かつクオリティの高いデータをどんどん作っていける体制が一番大きなエンジンになる」と語る。
また、「日本らしい戦い方」として、ELYZAはアジア圏のマイナー言語に対応する戦略を採用する。英語から日本語へのトランスファーを成功させた実績をもとに、次はベトナム語やインドネシア語などへの対応を視野に入れている。「非英語圏」を数多く対象とした独自の戦い方について曽根岡氏は次のように語る。
「日本が勝てるかという点ですが、個人的に活路があると思っているのがアジア圏のマイナー言語への対応です。我々のアプローチは英語のみしか話せない人を、日本語も喋れるようにしたものです。要は英語から日本語にトランスファーさせることをしたのですが、次はベトナム語やインドネシア語にも対応できると思います」
ELYZAとKDDIグループは、本提携によりオープンモデルを活用した国産LLMの開発を加速させるとともに、特定の業界や業務に特化した領域特化型LLMの開発にも取り組む。
ELYZAがKDDIグループに加わることは、ゴールではなく、新たなスタートラインに立ったに過ぎない。曽根岡氏は「今回のグループ入りは目標ではなく、あくまで手段である」と強調している。曽根岡氏は今回の提携に関して次のように話した。
「今回の資本業務提携が本当に成功するかどうかは、今後、数年間にわたる我々の努力次第だとは思います。やはりご一緒する背景にあった『スイングバイIPO』というコンセプトの通り、ご一緒するのがゴールでは全くありません」
KDDIも、今回の提携に関してはLLMの性能向上を超えた、生成AIによる社会変革を生み出す機会として捉えている。自社内で生成AIを導入することで、社員の働き方を革新する実験台としての役割を果たし、その成果を広く社会に展開していく。
改めて曽根岡氏は、今回の連携の展望を次のように語った。
「我々自身、強く意識していることは二つあります。一つ目に、大手通信事業者の一つであるKDDIのお力をお借りできるという状況になったので、国内No.1の大規模言語モデル、LLM生成AIの開発者、そして社会実装の担い手に確実に近づけていくことです。二つ目は今回の取り組みの中で、グループ入りをさせていただいた形になりますが、ELYZAらしい文化を捨てることなくコラボレーションを進めていきたいです。世の中にしっかりと貢献する、本当にAIの社会実装において継続的かつ、長期的に使われるためにやるべきことは全部やる。このスタイルは変えることなく進んでいきたいと思っています」
関連する記事は「MUGENLABO Magazine」にも掲載しております。