日本には人口減少、高齢化、都市への一極集中、激甚化する災害や環境問題など、解決すべき課題が多くあります。これらを個々ではなく有機的に考え、対策することで「豊かなくらし」の実現を目指しています。そのための取り組みとしてKDDIでは、AI時代の新たなビジネスプラットフォーム「WAKONX」の取り組みの1つである「WAKONX SmartCity」と、その実践の場である「TAKANAWA GATEWAY CITY」のプロジェクトを進めています。未来の都市やまちづくりについて、ビジネス事業本部 プロダクト本部 スマートシティ事業開発部 部長の保科 康弘に話を聞きました。
KDDIは、スマートシティを広い概念として捉えています。人、モノ、環境といった、あらゆる要素が関係する中で、さまざまな課題を解決し、よりよい未来社会を具現化するために、特に重要なのは一人ひとりを深く理解することです。
そのことについて、保科は「人の考えや意見、要望は日々変化しますので、一人ひとりにとっての豊かさを追求していくためには、『人を知る』ことが何よりも肝心です」と述べています。
「人を知る」とは、具体的にはどのようなことなのでしょうか。その鍵は、「通信とデータ」にあります。行動履歴は人に関する代表的なデータですが、それだけではありません。人を知るには、人を取り巻く環境も知る必要があります。
保科 康弘
「人の動きだけでなく、さまざまなIoT機器から生まれるデータを収集、分析することで街の声を可視化することが可能です。しかし人手での分析には限界がありますから、AIによる処理にも積極的に投資しています。スマートシティはそれらを総合して、人々のくらしに耳を傾けているのです」
そのようなスマートシティの取り組みを進めるには、適切なプラットフォームが必要です。KDDIが始動したAI時代の新たなビジネスプラットフォーム「WAKONX (ワコンクロス)」は、志を同じくする企業・組織が集い、新技術を掛け合わせる基盤です。中でもWAKONXが取り組むテーマの一つである「WAKONX SmartCity」は、さまざまな領域の技術を「つなぐ」ことで社会課題を解決し、安心・安全で豊かなまちづくりを推進することを目指しています。
テクノロジーの活用というと、業務効率化がイメージされがちですが、人々の多種多様で日々変化する要望をかなえ、街に賑わいを生み出すには効率化だけでは不十分です。未知なるものを予測し、先回りしてお客さまへ期待以上のものをお届けする。そのようにして新たな付加価値を生み出すことが重要であり、データドリブンで新たな付加価値を生み出し続けるのが、スマートシティを構成する要素の一つであるスマートビルやスマートスタジアム/アリーナ (注1) です。
「例えば、店舗の清掃や品出しをロボットに任せることで、従業員は接客の質を高めることができます。しかし、これだけではまだ効率化の域を出ていません。商品を求める人に必要なタイミングで、ロボットが巡回して商品販売を行う、街 (ロボット) が人を思いやって行動するといった付加価値の高い活動につながります」
こうした「期待以上の価値」を実現するための第一歩がデータとAIを利活用した「人を知る」ことです。例えば、正午過ぎにオフィスのゲートを通過した人が、その後にどのような行動をとりたいのかをAIで推測し、そのタイミングで最適なランチ情報を提供できればプラスアルファの体験になるでしょう。その後の実際の行動を学習し、その人のことを街やビルがどんどん理解すると、最適な情報が提供されるようになり、日常生活はよりワクワクしたものになります。
また、災害対策や、高齢化したコミュニティにおけるくらしの利便性向上も、スマートシティの取り組み範囲に含まれます。これは、単一の街やビルの取り組みでは完結できません。
「豪雨など災害が日常化しつつある昨今では、行政の支援だけ、1つの事業者・建物だけではなく、街全体、もっと言うと複数の街が連携し、協調して解決に取り組むことが重要です。KDDIはこれらの取り組みを分散型スマートシティと位置付け、WAKONX SmartCityでは、各企業や行政が共通で協調して利用するプラットフォーム上で効率的に共通課題解決を行いつつ、その上で各街が個性を出し競争していける仕組みを提供します。また、人やモノの物理的な移動の多くは鉄道が担っており、街は線路と駅でつながっています。この物理的なつながりに加えて、データと通信によるつながりも重要です。KDDIは、JR東日本様 (東日本旅客鉄道株式会社様) と共同で、物理的なつなぐ力とデータの活用を融合させた共創事業に取り組んでいます。これにより、分散型スマートシティの先進的モデルを提案し、『TAKANAWA GATEWAY CITY』を含む複数の地域が、個性を生かしながら共通課題に対応できる枠組みを構築しています」
KDDIは2025年の春、TAKANAWA GATEWAY CITYに本社を移転し、JR東日本様とともに新たな分散型スマートシティの実現を目指していきます。ここでは「100年先の心豊かなくらしのための実験場」をビジョンに掲げており、KDDIの社員自身が働く一人となることで、さまざまなパートナーとの共創の成果を実証していきます。
「KDDIはTAKANAWA GATEWAY CITYで次々と新しいチャレンジをしていきます。期待どおりの成果を実現するものもあれば、仮説と異なった結果になるものもあるでしょう。チャレンジした結果を、社会に発信し、ほかの街・企業へ新しいくらしの提案をしていきたいと思っています」
この枠組みの中で、もう一つ重要なパートナーとなるのがスタートアップ企業です。JR東日本様との共創の場 (注2)、スタートアップ企業のアイデアを形にする、社会実装を高速に実現するためのデータ活用の仕組みを提供していく予定です。
「KDDIやJR東日本様、街や街で活動しているパートナー企業が蓄積するデータを基に、スタートアップ企業は検証シミュレーションを行えます。100年先を見据えた先進的で持続可能なまちづくりに参画いただき、ともに日本の社会課題の解決に取り組んでいきたいと考えています」
例えば、まちびらきの前から共創のテーマとして、都市緑化や資源の循環、CO2削減の仕組みなどに取り組む「世界一グリーンなまちづくり」や、才気あふれるクリエイターが集まってフィジカルやバーチャルを問わず創作に挑戦・発信を行える「クリエイターが輝くまちづくり」などを実施してきました。保科は、「JR東日本様とKDDIがプラットフォームを持っているからこそできる実践的な取り組みであり、この仕組みをぜひ活用してともに豊かなくらしを実現する取り組みを実施してほしい」とスタートアップ企業に呼びかけています。
前述したTAKANAWA GATEWAY CITYをはじめとする未来のまちづくりを実現するためのWAKONX SmartCityは、「都市OS」、「まちアプリ」、「ロボット」、「データダッシュボード」、「空間自在ワークプレイス」の5つの要素を柱に構成されています。
「都市OS」 | 街の設備や街の人に関するデータを収集し、防犯防災、商業、オフィス等の異分野の膨大なデータを、個人情報や機密情報を保護しながら掛け合わせて分析し、新しい施策を創出し続けるスマートなまちづくりを推進します。 |
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「まちアプリ」 | 暮らす人や働く人、訪れる人などに新しい発見や利便性を提供するアプリです。街の設備と連携し、都市OSに集約されたデータを基に個人の趣味嗜好にあった情報をタイムリーにレコメンドしたり、生成AIを活用しリアルタイムな街の状況を街が語り掛けてくれる機能を提供します。また、街での活動を可視化し、街とのエンゲージメントを高める仕組みを提供します。 |
「ロボット」 | 街中をシームレスに移動するほか、防犯カメラデータなどの都市OSに備えられるデータを分析することで、ロボットが自律的に街の状況や走行ルート、お客さまの状態を判断し、行動を変化させる高度なロボットサービスを実現します。例えば、街のリアルタイムな混雑情報を基に最適な配送ルートを計算し、ロボットが最短でお客さまへ商品を配送します。また、未来の街では多種多様なロボットが活躍することから、ロボット制御のプラットフォームが欠かせません。2025年度には数十台のロボットで警備、配送、案内、清掃、人の乗用などの業務を順次提供していく予定です。 |
「データダッシュ ボード」 |
運営者側へ提供するサービスであり、人流データや商業データを分析し、可視化するだけでなく、未来を予測することで、街の運営をサポートします。街で行われるイベントを3D都市モデル上でシミュレーションし、混雑時に危険なエリアがないよう未然に防止策を策定します。また当日のリアルタイムな人流データの把握により不測の事態への迅速な対応が可能です。さらに、防災計画策定の避難シミュレーションもでき、有事平時で同一の仕組みを活用することで持続的な社会貢献とビジネス価値向上の両輪に貢献できます。 |
「空間自在ワーク プレイス」 |
JR東日本様と共同で2022年からサービス開始した本サービスは、離れていても同じ空間にいるかのようにコミュニケーションができます。従来のWeb会議システムと比べて会話の量が48%も増えることが実証されており、離れた拠点間でのチームのコミュニケーションの活性化やイノベーション創出を加速できます。 |
収集されたデータには秘匿性の高いものが含まれるため、KDDIは独自のプライベートクラウド「KDDIクラウドプラットフォームサービス (KCPS)」やデータクリーンルーム上でもAIを用いた分析を行っています。また、多くのデータを高速収集し、分析結果の価値を利用者へリアルタイムにフィードバックするために5Gや従来はビル・用途ごとに準備していたネットワークを統合する「統合ネットワーク」も提供します。
KDDIでは、前述のようなサービスやプロダクトが、さまざまな課題を解決し、未来のくらしを豊かにするために欠かせないものだと考えています。しかし、スマートシティの取り組みで特に重要なのは、参画しているメンバーのマインドだと保科は強調します。
「発想の出発点を『今、実現できること』ではなく、暮らす・働く・訪れる『人』の視点に立って、『こんなことができたらいいな』『こういう体験に新たな価値があると思う』といったアイデアや考えを全員で共有するようにしています。強烈な思いがあれば、それを実現するための手段は、必ず見つけられると考えています」
とはいえ、JR東日本様やKDDIの持つアセットやケイパビリティとあまりにかけ離れたアイデアの実践では持続性がありません。KDDIの掲げるサステナビリティ経営やサテライトグロース戦略では、企業価値の向上と社会の持続的成長を両立させるサイクルをコア事業と連携することで実現するとしています。取り組みがサステナブルであるには、本業と新規事業、企業と社会の成長のシナジーが適切に生まれる循環型であることが重要だといえるでしょう。
前述した5つの要素を柱として、WAKONX SmartCityの取り組みではさらに6つ目、7つ目の要素を提供していきます。実践と創意工夫、そして試行錯誤を繰り返しながら、定期的に進捗をお披露目していく予定です。
最先端で働く人が幸せになるオフィスを探している企業にとってもTAKANAWA GATEWAY CITYは魅力的な環境に違いありません。働き方改革を実践する上で充実した仕組みを持つTAKANAWA GATEWAY CITY・KDDI新本社をぜひ訪れて頂ければと思います。
WAKONX SmartCityの実践的活用はTAKANAWA GATEWAY CITYにとどまりません。ほかの街・ビルにも展開し、ゆくゆくは日本全国を元気にする取り組みへと発展させていく考えです。先行している事例として、KDDIはプロバスケットボールチームの富山グラウジーズ様との協業を開始しました。同チームのホームである富山市総合体育館のアリーナでのお客さま体験価値をDXで劇的に変革し、訪れる人の体験価値向上や地域活性化に取り組んでいます。
スマートシティは人々の日常生活の隅々に関わることから、WAKONX SmartCityは関連するほかの領域を扱うWAKONXとの連携をさらに強化していきます。
例えば、街の中に商業施設があることから、WAKONX Retail (注3) はSmartCityと相互に補完して価値を高めることができます。収集されたデータをもとに高付加価値なモビリティサービスを提供するWAKONX Mobilityとの連携では、TAKANAWA GATEWAY CITYにおいてオンデマンドモビリティサービス「みなのり」(みんなで創る、地域の新しい交通サービス) の実証運行が行われています。
さらにWAKONX Logistics (注4) 倉庫内作業だけでなく店舗までの運送や都市間物流にも関わるため、街同士の接点においてWAKONX SmartCityが効果的な機能を提供する見込みです。
「このようにWAKONX SmartCityに携わる仕事は、長期的な視座を持って考える取り組みです。未来を見据え、共創を通じてこれからの社会の姿を模索していきます。一筋縄ではいかない難問や壁にぶつかるかもしれませんが、それを乗り越えた先に、本当のワクワクする未来が待っていると信じています。この街で行われる実験に、ぜひ多くの方々に参画いただきたいと思っています」