産業構造・社会環境の変化に適応できるデジタル人材の育成に取り組む長野県は2022年10月、県が運営している長野県工科短期大学校と南信工科短期大学校の2つの学校を拠点として、学生向けの「デジタル革新に挑むDX人材育成講座」を計4回にわたりオンラインで開催した。「長野県産業人材育成プラン2.0」のもと、今回の取り組みの成果をモデルケースとして県内の他の大学や短大、専門学校、さらには社会人にも広げていくことで、DX (デジタル・トランスフォーメーション) 時代を牽引する人材を育てていく機運を長野県全体に波及させていく考えだ。
全国的にもあまり例を見ない、学生向けの「デジタル革新に挑むDX人材育成講座」を開始した狙いはどこにあるのか。長野県 産業労働部 産業人材育成課 能力開発係 主任の石坂 泰 様は、こう語る。
「Society 5.0の到来を見据えて長野県でもDX人材の育成強化が必要とされており、『長野県産業人材育成プラン2.0』という計画のもとで各産業における課題を定義し、これを解決するためにデジタル技術を積極的に活用できる人材を育成しようとしています。
2つの工科短期大学校を核として実施した本講座をアーカイブ化し、県内の他の大学や社会人も視聴できるようにすることで、この取り組みを支えていきます」
石坂 泰 様
もともと長野県では、県内外の企業や人材にとっても魅力的な地域となるために、県全体で積極的なDX推進に取り組んできた。
長野県全域のDXを推進する実施方針として、県が2020年に策定したのが「長野県DX戦略」である。
同戦略では、行政事務や教育、医療、地域交通、インフラなどのDXを「スマートハイランド推進プログラム」として行政主導で実施。加えて県内のすべての産業のDXを「信州ITバレー構想」で後押ししていくことを定めた。さらに長野県内の市町村におけるICTシステムの共同利用を加速させるため、県が事務局となって運営する先端技術活用推進協議会を設置。広範にわたるデジタル技術領域において市町村、民間事業者などと一元的に情報交換・相談・提案が可能な仕組みを構築するというのが、長野県が進めるDX戦略の全体像である。
今回の学生向けDX人材育成講座も、このDX戦略の一環として位置付けられている。「学生時代に学んだことが100%身に付くわけではありませんが、社会人になってデジタルに関する何らかの課題に直面したときに、『以前そんな講義を受けたことがある』と記憶の片隅に残り、あらためて調べ直したり、学び直したりするトリガーになればよいと考えています」と石坂様。ただし前例のない取り組みのため、いきなり国公立や私立の大学と連携するのは調整が難しい。「その点、県の教育機関であれば、比較的スムーズに施策を実施することができます。そこで、まずはこの2つの工科短期大学校を核とすることでモデルケースを作りたいと考えました」と石坂様は言う。
とはいえ学生たちに、興味を持ってDXを学んでもらうための講座の設計や実施・運用は容易なことではない。
長野県工科短期大学校 知能情報システム学科 学科長 学科主任/教授の野瀬 裕昭 様は、「DXが注目される昨今、社会人向けの講座が多方面で行われていますが、それは受講者自身がリカレント (リスキリング) の必要性を強く感じているからにほかなりません。学生はまだ社会経験に乏しいため、企業や社会が直面している課題についての認識は社会人に比べて高くありません。このため変革が必要と言われても現実感がなく、DXに関する学びのモチベーションを高めるのは容易ではありません」と語る。
そこで長野県は、同講座の設計や実施・運用を共に進めていくパートナーを公募することにした。その結果、選定されたのがKDDIである。
野瀬 裕昭 様
大塚 芳宗
プロポーザル (企画書) に記された「学生などにDXの本質的な意義とその必要性を理解させる工夫がなされているか」「情報系ではない学生に、デジタル技術の利用に対して関心を持たせる工夫がなされているか」といった項目について、選定委員会から高い評価を獲得したのがKDDIだったのだ。
提案にあたったKDDI 経営戦略本部 地域共創推進部 地域共創2グループの大塚 芳宗は、「基本的な考え方として、学生の皆さんが将来どのような業界や職種に就職したとしても、必ず役に立つ講座にしたいという思いがありました。そこで経済産業省の第四次産業革命スキル習得講座の認定も受けたデジタル人材育成の専門会社である株式会社ディジタルグロースアカデミア (注1) と連携し、身近なDX事例の紹介から社会に出る際DXについてこれだけは知っておいて欲しいというコンテンツに絞り込み、分かりやすく、双方向のやり取りも取り入れた楽しい講義となることを工夫しました」と語る。
2022年10月5日から4回にわたって開催された講座は、別表のような講義内容で実施された。
この計4回の講義を振り返って石坂様は、「担当者としては、目標以上の120点の手応えを得ています。一番満足しているポイントは、講師が語るだけの一方通行の講義ではなく、オンラインでありながら途中で学生たちに意見を求めたり、寄せられた質問に対応したり、双方向のやり取りが行われたことです。“仮想的な対面授業”として、今後の教育DXのあり方を感じさせる講座を工夫してくれたKDDIに感謝しています」と評価する。
また、長野県南信工科短期大学校でこの講座を担当した 電気システム学科 准教授の柳沢 裕二 様は、次のように感想を述べる。
「これまでも学生たちは日々の授業を通じて、AIやネットワークなどの要素となる技術を学んできましたが、いざDXと言われてもイメージしづらかったり、自分事として捉えられていなかったりしていました。しかし今回の講座を通して、自分が普段使っているサービスをはじめ、さまざまなところでDXが実践されていることを知り、より身近なものに感じたようです。DX時代に必要とされる心得や、自分がどのようなことを学んだらよいかという点に興味を持つとともに、経験豊富な講師の失敗談がとても印象に残って、学びを得たという感想もありました」
柳沢 裕二 様
<計4回のDX人材育成講座で、DXへの理解度を深めた>
第1回 DX基礎 (10月5日) |
歴史的な視点や新しいデジタル活用の視点から、なぜ今DXを学ぶ必要があるのかを紹介。さまざまな事例も交えながら、DX時代におけるお客さま志向のあり方や、仕事で活躍していくための心得などを講義。 |
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第2回 データ活用のいろは (10月12日) |
データ活用する上で気をつけるべきポイントを解説。事例や間違った使い方を知ることで、データを活用する視点を養い、正しい意思決定につながることを理解してもらう。 |
第3回 「AI・IoTの基礎」(10月19日) |
DXを支えるAI、IoTについて、どのようなものなのか解説し、具体的な用途まで体系的に講義。新しいデジタル技術がお客さまにどのように役立つのかを理解し、自ら興味を持って学んでいってもらうことを目指す。 |
第4回 ビジネストレンド・DX事例 (10月26日) |
製造業や地場企業を中心にさまざまな DX事例を紹介し、実業におけるお客さま視点のデジタル活用について講義。また、DX事例を収集・整理するポイントを解説し、今後の情報収集やDXの勉強に役立ててもらう。 |
DX人材育成講座を今後も続けていくためには、中身のさらなるアップデートや新たな工夫も必要だと野瀬様は言う。
「先ほど話のあった仮想的な対面授業ということをさらに深めていくとすると、現状では『講義を聴く』という受け身のスタイルから、まだまだ抜け出せていない側面があります。学生たちに記憶に残る経験や体験を積ませるためにも、ハンズオンやワークショップ、あるいはハッカソンといった要素を組み込みながら、内容を発展させていきたいと考えています」
これを受けて大塚は、「おっしゃるとおり、次のステップに向けた検討を今から始める必要があります。一時的な興味喚起に終わるのではなく、長い目でみてDXに対する感覚を定着させていくことが重要で、学生の皆さんが自発的に何かをやってみたいと行動を変えてくれるような工夫を施し、次年度以降につなげていきたいです」と意欲をみせる。
加えてもう1つの大きなテーマとなるのが、DX人材育成講座の横展開だ。
石坂様は、「最初のモデルケースをつくりたいという思いで、今回は工科系の2つの短期大学校を拠点としましたが、県内には医療や社会福祉、経済など、さまざまな分野の国公私立の大学や短大、専門学校があります。それぞれの分野で求められるデジタル技術があるので、共通的な講義や専門分野に特化した講義など、教えるべき内容をしっかり検討・精査して取り組みを広げていきたいと思います」と語り、今回の成果を長野県全体のDX人材の底上げにつなげていく考えだ。