東日本大震災の際、首都圏ではターミナル駅付近に帰宅困難者があふれるという事態に見舞われた。東京都ではその教訓を踏まえ、首都直下地震などの災害が起きて多数の帰宅困難者が発生したときの対策を講じるとともに、繰り返し訓練を行っている。
そうした中、2023年8月4日に行われた「令和5年度東京都・足立区合同帰宅困難者対策訓練」では、防災DXの新たな試みとして、衛星通信サービス「Starlink Business」を非常時の通信インフラとして活用する検証が行われた。
首都直下地震などの災害が発生した場合、都心のターミナル駅周辺で多数の「帰宅困難者」の滞留が懸念されている。多数の帰宅困難者が発生すれば、火災対策や人命救助へ向かう緊急車両通行の妨げになる可能性があるうえ、余震などの二次被害の恐れもある。そのため災害発生後には、職場や学校など行き場のある帰宅困難者はその場にとどまらせ、買い物・行楽客など行き場のない帰宅困難者を速やかに「一時滞在施設」へ誘導し、安全確保や道路の混雑解消を図ることが重要となる。
2023年8月4日に行われた「令和5年度東京都・足立区合同帰宅困難者対策訓練」は、北千住駅周辺に多数の帰宅困難者が発生したとの想定のもと、都、区、各防災機関が連携して駅周辺の混乱防止や安全確保に取り組むことを目的として実施された。
この訓練の中で今回『防災DXの検証』の一環として実施されたのが、一時滞在施設における「通信維持のために衛星通信機器を活用すること」だ。地震に限らず災害の際には、通信の途絶が懸念される。いまや通信は社会や生活で欠かせないインフラとなっており、それが利用不能となれば、都や区が一時滞在施設の開設状況を把握して提供することや、帰宅困難者が家族や会社へ連絡することも困難となり、混乱の度合いが高まることは想像に難くない。
東京都で帰宅困難者対策を担当する東京都 総務局 総合防災部 事業調整担当課長 西平 倫治 様は次のように話す。
訓練では、次のような順序で「Starlink Business」と帰宅困難者対策オペレーションの実証が進められた。
北千住駅付近に滞留していた帰宅困難者は、一時滞在施設である東京電機大学へと誘導された。受付に「Starlink Business」を利用するのに必要なWi-FiのSSIDおよび暗号化キーが提示され、帰宅困難者は各自のスマートフォンに入力して通信手段を確保する。その後、一時滞在施設への入館受付のために必要な個人情報 (氏名など簡易的なもの) を自身のスマートフォンを使ってLINEから登録することで、「帰宅困難者対策オペレーションシステム」と連動するという流れである。
これにより一時滞在施設の滞在者の名簿が自動で作成され、施設側の受付作業を簡便化するほか、「帰宅困難者対策オペレーションシステム」上でリアルタイムに一時滞在施設の滞在人数が把握でき、都や区市町村、関係機関で共有できるようになる。
ここで「Starlink Business」について説明しておこう。
「Starlink」は米国のスペースX社が開発・運用している衛星ブロードバンドインターネットで、KDDIはスペースX社の「認定Starlinkインテグレーター」として、法人向けにこの衛星通信サービスである「Starlink Business」を提供している。
藤川 翔
「『Starlink Business』は今回のような災害時の通信手段を始め、開発・工事現場のインフラ設備の遠隔自動監視や、ドローンによる映像のリアルタイム伝送といったケースでも活用できます。さらに、従来は回線を敷くことができなかった離島や山間部における通信インフラとしての利用や、スポーツイベントやコンサートなど、一時的に人が集まることで通信が輻輳するような場所でも活躍します。
今回の防災DX はもちろんのこと、『Starlink Business』とKDDIのDX関連のサービスと組み合わせることで、さまざまな可能性が見えてきます」と話すのは、
KDDI ソリューション推進本部 ネットワークサービス推進部 SIデザイングループの藤川 翔だ。
「これまでの衛星通信はデータ通信のスピードが速いとは言えませんでした。しかし現在ではスマートフォンの普及とともに、データ通信が重要視されています。その点『Starlink Business』は最大220Mbpsの高速なデータ通信が可能です。また、設定が非常に簡単で、短納期で設置できるのが大きな魅力です」(藤川)
設置に際しては、パッケージからアンテナ、ルーター、Wi-Fiアクセスポイントを取り出して接続し、スマートフォンから初期設定を行うだけで完了する。電源は100V家庭用電源に対応しているため、電源喪失時でも対応するポータブル電源から給電して使用することが可能だ。今回の訓練においても、ポータブル電源から給電されている様子が見て取れた。
KDDI ビジネスデザイン本部 官公庁営業部 地域共創営業1グループの森井 俊太は、「Starlink Business」が今回の訓練に活用された背景について、「東京都様は、KDDIがスペースX社との協業を発表した段階から『Starlink Business』に大きな興味を寄せていただいていました。安心安全で持続可能な都市実現に向けて、災害時にも使える通信手段として注目され、『Starlink Business』を導入いただきました」と話し、こう続ける。
「今後は各自治体様の主要拠点や避難施設に『Starlink Business』を置き、災害時に活用するという一時的な利用に加え、不感地帯の通信環境整備や業務用バックホール回線などのように継続的な利用も視野に入れ、お客さまの課題と擦り合わせながら『Starlink Business』の活用方法を提案していきたいと考えています」
森井 俊太
今回の訓練を振り返って東京都の西平様は、次のように総括した。
「今回の訓練を見て、『Starlink Business』は準備から運用まで手軽で、特別な知識がない職員でも利用を開始できる実践的な設備だと感じました。 防災DXの推進に向け、今回の訓練の結果を精査し、今後、開発を進める『帰宅困難者対策オペレーションシステム』が発災時に確実に運用されるよう、一時滞在施設等の通信インフラをどのように整備していくか検討していきたいと考えます」
日本は災害の多い国だ。自然災害などによる通信の途絶は、社会生活やビジネスに多大な影響を与えてしまう。それを回避する上でも、衛星を使った「Starlink Business」は、今後ますます大きな役割を果たしていくに違いない。