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生成AIが進化を遂げる中、日本語対応AIに求められるのは「泥臭い努力」と「文化の理解」だ。
グローバル技術と日本独自の価値観を融合させたAI開発が、日本の新たな未来を切り拓くためのヒントを株式会社ELYZA 代表取締役社長 曽根岡 侑也 氏に伺いました。
生成AIの分野で注目されるのは、その中核となる大規模言語モデル (LLM) の活用とその日本語対応だ。LLMは、グローバルで開発された最先端のAI技術であり、特に英語においては圧倒的な性能を発揮している。しかし、日本語のように複雑な文法構造や文化的な背景を持つ言語では、そのままの形で効果を発揮することは難しい。
日本語は、英語のように単語の間にスペースを挿入しないため、文中の単語をAIが正確に識別するのが困難だ。また、ひらがな、カタカナ、漢字といった多様な文字体系や、同じ表現でも文脈によって意味が大きく変わる特性も、日本語を扱うAIにとって大きな障壁となっている。例えば、「いつ帰ってくるの?」というフレーズは、怒りや催促、単純な確認など、文脈次第で異なるニュアンスを帯びる。このような繊細な言語を理解し、自然に応答できるAIを作るには、膨大な試行錯誤が求められる。
我々は、グローバルで開発された優秀なLLMを基盤にしつつ、日本語特有の文化や表現を学習させたAIを開発している。これは一種の「和魂洋才」であり、日本市場に特化するという徹底したローカライズの結果、2024年の6月に発表した700億パラメータのモデルは「GPT-4」を上回る日本語性能を達成した。
生成AI開発の背後にある地道な努力は、「泥臭さ」という言葉に象徴される。これは、華やかなAIの世界では見過ごされがちな要素だが、AIをより実用的で高品質なものにするには欠かせないプロセスである。
例えば、AIの出力を一つ一つ確認し、異常や違和感を見逃さずに改善を繰り返す作業がある。この作業は単なる技術的対応ではなく、日本語特有のニュアンスを理解する力が試される。日本語の持つ表現の豊かさや繊細さを反映させるために、開発しているAIの反応を綿密にチェックし、出力されるテキストを解析し続ける地道な取り組みが欠かせないのだ。
曽根岡 侑也 氏
さらに、このような地道な努力は、計算資源の制約がある中でも続けられる。AI開発には膨大な計算能力が必要であり、これにかかるコストは莫大だ。限られた資源を最大限に活用するため、実装テストの際には開発者たちは交代制でシステムの動きを監視し、GPU資源を無駄なく効率的に学習環境の実証を行う。このような愚直な努力が、最終的に他を凌駕する品質のAIを生み出している。
我々のミッションは、社会実装されていない未踏の領域で「当たり前」を創造することである。生成AIもその一つであり、多くの人々の生活に浸透し、当たり前に使われるものを作り出すことをビジョンとして掲げ、日々取り組んでいる。
生成AIの開発には、短期的な利益ではなく長期的な視点が重要だ。ここでキーワードとなるのが「ロングタームグリーディー (Long Term Greedy) 」という理念である。これは、世界屈指の投資銀行でも採用されている概念で、目先の利益にとらわれず、長期的な視野で最適な結果を追求する姿勢を指す。
例えば、顧客に対して一時的な満足を提供するのではなく、信頼を得るために期待以上の価値を届けることを目指す。つまり、顧客を欺いて短期的な利益を得るのではなく、受け取った金額の10倍、20倍の価値を顧客に還元し、新たなパートナーシップや持続的な関係を構築していくことで成功を勝ち取れるのである。
この姿勢は、ビジネスにおいてだけでなく、AI開発の現場においても重要だ。AIを使ったサービスが社会に広く受け入れられるためには、ユーザーが感じる違和感を丁寧に解消し、満足度を高めることが欠かせない。そのため、AIの出力に対して厳しい目を持ち続け、長い時間をかけてユーザーのニーズにフィットするAIを作り上げることが成功につながるのである。
主にテキストベースで使われている生成AIだが、音声認識の精度の問題や方言に対する理解度の低さなど、日本語対応のAI開発には克服すべき課題がいくつか挙げられる。特に、音声認識の分野では、方言が混ざると性能が大幅に低下するという問題がある。今後は、音声インプットで物事が進む世界の到来が想定されるため、方言に対応したAIの開発が重要になる。
一方で、これらの課題を克服し、日本独自のAI開発に成功すれば、そのノウハウはグローバルな活用が期待できる。方言対応のAIは、日本国内のさまざまな地域で幅広く活用できるだけでなく、多言語・多方言が共存する他国の言語環境にも応用できる可能性がある。
今後のAIの世界では、人間の能力をエンパワーする方向に使用される可能性が考えられる。例えば、読みにくい文章を個人に合わせて読みやすく変換するなど、AIを活用して人間のインプット効率を向上させ、より働きやすい環境を整備することが期待されている。
日本のAI開発は、和魂洋才の精神を体現しながら、日本の強みを活かした独自の道を切り拓いている。今後も、技術の進歩と日本の文化や価値観の融合を通じて、世界に通用する日本発のAIを生み出していくことが期待される。
日本の生成AIにおける勝ち筋は、日本特有のニッチな領域での優位性と、独自の文化的・産業的な強みを生かしたグローバル展開の二つに大別される。
一つ目は、日本特有の分野への特化である。例えば、日本の法律や教育は、海外とは異なる独自の体系を持つ。日本の法律は成り立ちがイギリス法とは異なり、学習させるデータの特性も大きく異なる。そのため、日本の法制度に特化したAIモデルは、日本市場での強力な差別化要因となる。
また、教育においても、アメリカと日本では教え方が異なるため、日本の教育カリキュラムに合わせたAIが必要となる。例えば、アメリカのカリキュラムにはない「鶴亀算」のような日本特有の概念に対応する生成AIは、アメリカが対応しきれない領域といえる。
二つ目は、製造業など、日本が強みを持つ分野とAIの融合である。建設機械や重機といった分野では、AIを活用することでさらに競争力を高める余地がある。例えば、ショベルカーなどの重機にAIを搭載することで、新たな付加価値を提供し、グローバルでシェアを取りにいくという戦略も考えられる。
さらに、日本の強みとして挙げられるのは、他国が模倣できない「ローカライズ技術」の精緻さである。日本語対応の生成AIの開発においては、日本独自の文化や言葉の解釈をモデルに組み込むことが重要となる。こうした細やかな調整を可能にするのは、日本で育ち、日本を熟知し、日本人らしい気質を持った日本人にほかならない。日本の開発者が持つ感性と、社会的背景への深い理解が不可欠なのである。
これらの取り組みを通じて、日本は「和魂洋才」の精神を基盤に、生成AIという新たな領域で独自のポジションを確立できる可能性がある。AIを適切にローカライズして日本市場で優位性を築き、グローバルな視点を持ちながら発展していくことが、日本の未来にとって重要な勝ち筋となるだろう。