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生成AIの進化により、業務へのAI活用は急速に広がっている。しかし実務の現場では、汎用的なグローバルモデルだけでは対応しきれない課題も見え始めている。特に金融分野では、機密性の高いデータの取り扱いや専門性、さらには安定運用といった観点が大きなハードルとなる。
KDDIが開催したイベント「KDDI Business AI Fes 2026」の対談セッション「特化型AIの歩き方:MUFGとKDDIの協業2.0の裏側」では、こうした課題を踏まえ、KDDIと三菱UFJフィナンシャル・グループが進める「協業2.0」の取り組みが紹介された。特化型AIの検討背景から具体的な取り組みまで、その内容をレポートする。
本セッションでは、KDDIと三菱UFJフィナンシャル・グループ (以下、MUFG) が進める「協業2.0(外部サイトへ遷移します)」を軸に、金融分野における特化型AIの取り組みが紹介された。
まずは、KDDI株式会社 経営戦略本部 データ&AIセンター長の木村 塁が、その協業の背景と狙いについて説明した。
木村は、「KDDIとMUFG様は、以前から金融関連の分野で資本提携を行いながら取り組みを進めてきました。これを私たちは協業1.0と位置づけています。両社はこの協業を発展させ、協業2.0と位置づけ、これまでの金融分野での連携を基盤に、AI領域を含めた取り組みを進めています」と語る。
協業2.0のAI領域では、金融特化型のLLMを開発し、金融向けソリューションとして提供することを目指しており、MUFG業務での利用に留まらず、金融業界全体への展開も視野に入れる構想だ。
特化型AIの検討が本格化した背景として、汎用モデルだけでは実際の業務で使い続けるには不十分な点があったことが挙げられる。Gemini やChatGPTといった汎用モデルを用いてユースケースを検証する中で、専門知識の不足や業務要件を満たせない場面が明らかになり、特化モデルの必要性が議論されるようになったという流れである。
さらに協業2.0はAI以外にも最新技術を活用した次世代リモート接客プラットフォームの開発など複数テーマを含むと本セッションでは触れられている。2025年6月から提供を開始した同プラットフォームでは、ローソン高輪ゲートウェイシティ店など一部店舗への導入を皮切りに、金融サービスを含む各種相談をリモートで提供している。今後、コンビニやauショップといった生活者接点への展開も視野に入れているという。
続いてMUFGでの生成AIに関する取り組みについて、株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループ、デジタル戦略統括部次長の島野 浩平 氏が説明した。
島野 氏は「現在、MUFGでは生成AIへの取り組みにかなり力を入れており、『AIネイティブの組織への変革』を私たちの大きなミッションとして掲げています」と語る。その全体像は、①社員の働き方改革、②データドリブン営業、③事業モデルの変革、この三つの柱でユースケースで検証を行いながらAIプロジェクトを進めているという。
こうした取り組みの結果、生成AIの活用による業務削減時間は約300万時間 (注1) にのぼり、60件以上の大規模なAIプロジェクトが進行していることが示された。銀行本体に限っても、約30件のユースケースが進行中だという。
ここで特筆すべきは、安全設計がユースケースの中に織り込まれていることである。島野 氏は提案書生成のケースを例に挙げ「提案書には、お客さまの取引先担当者名などの情報が含まれることがあり、そのまま社内で共有すると問題が生じる危険性があります。そうした情報を自動的にマスキングするAIを導入しています」と説明する。さらにこの機能では企業ロゴもマスキングでき、ロゴから企業名が推測されることを防ぐという。マスキング機能によって個人情報や企業情報を保護した提案書をデータベースに格納することで、過去の提案書を活用できるようになり、再利用やナレッジ共有が進む仕組みとなっている。
また、AI活用の浸透施策として「Hello, AI@MUFG」というイベントプログラムを展開し、AI未経験者から上級者まで幅広い層を対象に、AIリテラシー向上を図っている点も紹介された。
島野 氏はグローバルモデルを前提としたAI活用の現実を踏まえつつ、「どうしてもグローバルモデルを使えないユースケースもあります」と語り、その理由を3つの観点から説明した。
第一の課題はデータの制約である。クラウド上で動作するグローバルモデルには、機密性の高いデータを入力できない場面もある。特に金融分野では情報の機微度に応じた厳格な管理が求められ、クラウドLLMを利用できないユースケースも存在する。
第二の課題は専門性である。島野 氏は市場レポートの作成を例に挙げ「値動きを説明する際に『揉み合いの様相を呈している』という表現がありますが、これを自然な英語に訳すことが難しいのです。さまざまなモデルを試しても、うまく表現できない場合があります」と述べる。過去のレポートには「この日本語にはこの英語表現が適切」という対応のノウハウが蓄積されているが、RAG (注2) で単純に置換するだけでは十分に機能しなかったという。その結果、ファインチューニングや独自モデル構築の必要性が見えてきたという。
第三の課題はモデル更新の制約である。島野 氏は「モデルの自動アップデートは利便性がある一方で、業務での利用中に挙動が変わり、再テストや再検証が必要になるケースがあります」と指摘する。具体例として、RAGベースの社内情報検索において「指定した範囲以外の内容には回答しない」という制約をプロンプトで設定していた。しかし、モデルのバージョンアップを契機に推論が強化され、あらゆる内容に回答するようになり、さらに余分な提案まで付け加える挙動に変化したという。
続いて議論は、コストや処理速度といった運用面の課題にも広がった。
木村は、大量のデータ処理や類似プロンプトの大量実行、音声AIなど、APIコストが無視できないケースを挙げ「そうした場合は、社内で自前のモデルを動かした方がコストメリットが出るのではないか」と指摘する。
さらに速度の観点について、島野 氏は「特定の業務では、性能よりも処理速度が求められる場合があります。その際に特化型モデルのニーズが生まれると考えています」と語る。
一方、木村も、APIの利用制限によって枠を拡張できず、処理が1日で終わらないケースがあると指摘。「その場合は、自分たちでオンプレミス環境を用意して運用しなければ、1日で処理を完了させることができず、業務として成立しないという問題が生じます」と語る。
以上を踏まえ、MUFGで活用する特化型AIの実現に向けた重要な要件は「安全に利用できるオンプレミス環境」と「処理速度に優れた金融特化モデル」の2つに集約される。島野 氏はこのような課題、要件に対してKDDIとともに特化型AIの取り組みを進めている。
島野 氏は「なぜKDDIを選んだのか」について、3つの理由を挙げた。
第一に「AI技術の知見」、第二に「オンプレミス環境 (GPU環境) の実現」、第三に「協業の土台」である。
これら3つの要素をすべて満たす点から、KDDIが最適なパートナーであると判断したという。
次に、現在進められている2つの検証について述べられた。
一つ目はモデル構成 (ソフトウェア側) として、オープンソースのLLMを使い、GPUを活用して特定ユースケースでどれだけ処理できるかを見る。
二つ目はハードウェア (インフラ側) として、データセンター環境でのパフォーマンスや、固定モデルをサーバーリソースに直接配置した場合のコスト、さらに運用安定性 (稼働率、単一故障時のリカバリと業務継続) の検証である。
役割分担も明確である。ベースモデルはオープンソース、GPU環境はKDDI提供インフラ、そして業務適用のバリデーション (精度・処理速度評価) はMUFGが担う。
島野 氏は「銀行は大量データを扱うため、1日以内に処理が終わらないと後続処理が積み上がり、業務に支障が出てしまいます。そのため、どの程度の性能が必要なのか、GPUを何台配置すれば十分なのかといった点も重要な検証ポイントになっています」と述べた。
木村が強調したのは、いきなりモデルを作るのではなく、グローバルAPIを試してチューニングし、コストと性能の限界を見極めたうえで、オープンソースをローカルで動かすなど段階的にステップを踏むことへのこだわりである。
これに対して島野 氏は「一から作ると何百億円かかるか分からないくらいの規模になると思います。ユースケース起点で、グローバル/オンプレミス/チューニングを段階的に評価する提案は、フィージビリティ (実現可能性) の高い進め方だと受け止めています。そういった点も含めて、KDDIとパートナーとして一緒に進められてよかったと感じています」と語った。
MUFGにおけるAI活用の将来像として、3点挙げられた。
第一に、オンプレミス環境とKDDIのデータセンターを一体的に活用すること。
第二に、アプリごとにアダプターのような形で接続し、一つのベースモデルを活用する構想である。ベースモデルを一つ構築し、業務ごとに拡張していく考え方だ。
第三に、個別最適ではなく全体最適を目指すことである。
KDDIデータセンターを活用する点については、インフラ面の課題における率直な見解が示されたMUFGでは自社でデータセンターを保有しているものの、LLM構築にはGPU設備が必要であり、電源工事の規模やGPUの世代更新に伴うリスクから、自前で保有すべきか議論があったという。これに対し木村は「電力や空調の観点から、一般的なデータセンターではGPUの稼働が難しい場合があります。そのため、GPU専用の環境を整備するのが最適であり、GPU部分のみを我々KDDIに任せていただく形が最もよい進め方だと思っています」と述べ、島野 氏もこれに同意した。
また、オンプレミスで利用したいユースケースが増える中、部署ごとに個別導入を進めると、ラック設置や電源工事から始まり、導入までに半年から1年を要するという。特にMUFGのように、複数の業務領域で並行してAI活用の検証が進む環境では、このリードタイムがボトルネックになりやすい。共通の基盤モデルを整備することで、ユースケース開始までのリードタイムを短縮できる点が、全体最適のメリットとして示された。
議論を通じて明らかになったのは、AI活用が次の段階に入りつつあるという点である。これまでのようにグローバルモデルを活用するだけでは対応しきれない領域が見え始め、特化型AIの必要性が現実的な課題として浮かび上がってきた。
一方で、特化型AIは単独で成立するものではない。オンプレミス環境やデータ、運用体制といった要素を含めた包括的な設計が不可欠である。そのためには、企業間の協業によってそれぞれの強みを組み合わせていくことが重要となる。
KDDIとMUFGの取り組みは、こうした新たなAI活用のあり方を示す一つのモデルといえるだろう。