多彩なオンラインセッションにて、実務に直結する知見をお届けします。
ぜひご視聴ください。
AI活用は今、企業の競争力を左右するテーマとなりつつある。だが、その実態は成功事例だけでは語りきれない。
「KDDI Business AI Fes 2026」の最終セッション「AI浸透のリアル」では、KDDI、三井不動産株式会社 (以下、三井不動産)、西日本旅客鉄道株式会社 (以下、JR西日本) の3社が、自社におけるAI活用のリアルな取り組みを紹介。「上司AI」の導入事例をはじめ、現場での活用や運用上の課題までを率直に共有した。本記事では、その議論の内容をレポートする。
KDDIでは「ビジネストランスフォーメーション戦略室」を立ち上げ、営業生産性向上のため、内製でプロダクトを開発。自社の営業現場で徹底的に使い込みながら、その知見を将来的なお客さまへの提供につなげることを念頭に、営業現場にAIを組み込む組織改革を進めてきた。その中で生まれたのが、本部長の思考を再現する「上司AI」プロジェクトである。名称は「A-BOSS (エーボス)」だ。
ビジネスイノベーション本部の高木は「この取り組みは、私の上司である本部長の発案によるものです。営業メンバーの生産性向上のために、さまざまなアイデアを自ら発案しており、その中の一つが、この上司AIという構想でした」と説明する。プロジェクトオーナーに選ばれた若手の女性社員は、本部長の打ち合わせに約20回同席し、さらに全6回のインタビューを通して本部長の思考を具現化していったという。
開発にあたっては、親しみやすいUI・UXにも注力した。例えば、「A-BOSS」の名称にちなんだキャラクターアイコンを用意し、上司もキャラクターにするだけでなく、「提案書をアップロードすると一休さん風に首を横に振って考えながらアイデアを返す」など遊び心ある演出を施した。「手ごわい」という印象を持たれがちな上司を、気軽に相談できる存在として感じられるよう工夫を行っており、こうしたキャッチーな要素が話題化にもつながったという。
上司AI導入の目的は、従来の段階的な承認プロセス (担当者→グループ長→部門長→副本部長→本部長) を省略し、担当者がトップの意見を直接得られるようにすることにある。導入により、上司からのフィードバックを踏まえて網羅性を担保できるようになってきているが、実際の報告については、段階的な承認プロセスを踏んでおり、報告のスピード感については、悩ましい部分も残っている。
JR西日本では、2019年からIT部門に携わる甲斐 康弘 氏を中心に、社内デジタル化とAI活用を進めている。具体的には、全社員が利用できるチャットボット環境を整備するとともに、各種システムと連携した業務にAIを組み込んでいる段階にある。こうした基盤整備により、現場から経営層までAIを前提とした業務環境を目指している。
その上で、同社が大きく見直したのが意思決定のスピードを高める試みである。コロナ禍後にデジタル戦略を拡大、加速させる中で、デジタル基盤の構築や情報セキュリティ対策に伴い業務量が急増。多くのプロジェクトを同時に推進するうえで、意思決定がボトルネックとなるリスクがあった。
そういった中でトライアルを開始したのが「上司AI (A-BOSS)」である。「A-BOSS」を活用し、担当者は事前に壁打ちをすることで、資料を網羅的にチェックし抜け漏れの防止とブラッシュアップに利用でき、上司もレビューの負担を削減できるので、両者がWIN-WINになる効果を期待していると甲斐 氏は話す。既に甲斐 氏の部門では意思決定者向けの対面説明ではなく、チャットでの資料報告で意思決定のスピードアップを図っており、資料の質を高める「A-BOSS」とは相性がいいと話す。トライアルでも「とても面白い」や「心理的な負担なくフィードバックを得られる」「抜けがちな視点を客観的に指摘してもらえる」など利用者からもポジティブな声が上がっており、継続利用を望むアンケート回答が93%にものぼっているという。
また、この変革には中途採用社員からの「承認プロセスが多すぎる」「積み上げた内容が最後に覆されてしまう」という声も後押しとなったという。
これらのポジティブな効果がある一方で、AIが指摘する点があまりに汎用的・網羅的であるがゆえに、かえって資料の作成量が増えてしまう事態に陥らないよう、注意が必要である点も指摘された。
セッション後半では、生成AIを活用した現場での実装事例も紹介された。JR西日本の甲斐 氏は、現場からするとシステムを作ることはハードルが高いが、AIが出てきたことで自分たち (自部門) でできることが増えた、ということが非常に大きい、という点にも言及しながら具体例として以下の3つの事例を挙げた。まず駅設備の故障対応では、過去の事例をAIに学習させ、類似ケースへの対応策を提案する仕組みを構築した。電気部門のリスク管理では、作業条件と内容から過去のリスク情報をもとに想定リスクを洗い出し、抜け漏れ防止の観点でAIが提案する体制を整えている。駅業務サポートでは、多種多様な規定や通達をAIに取り込み、駅係員が問い合わせに対して迅速に回答できるようにしている。
鉄道業務そのものへの活用展開は難しい部分もあるが、活用できる部分を模索しながら取り組んでいる。例えば、雪害・台風等の対策本部では、AIが情報を整理し、人は最終的な判断に集中する取り組みを行っている。また、広報物のチェックにもAIを使うなど、部署横断でのAI利用も広がっている。甲斐 氏によると、現場に使ってもらうことを重視し、各部門からエース級の人材を指名して伴走しながら、課題の洗い出しから伴走し一緒に取り組んでいるという。
三井不動産で2021年から「AI・データ活用」を推進してきた塩谷 義 氏は、「営業領域では単なる業務効率化にとどまらず、営業力そのものの底上げにつながる取り組みを目指したいと考えました」と語る。
講演内では、三井ホーム株式会社 (以下、三井ホーム) の「営業支援AI」が事例として紹介された。営業ノウハウの暗黙知をAIに取り込み、営業担当者への提案支援につなげたいと考えたという。仕組みとしては、インサイドセールスの活動でSalesforce (注1) に蓄積された顧客データと、約100名の営業メンバーに向け実施したアンケート回答からひとつずつ営業ナレッジを選別し活用。これらのデータをもとにAIが顧客情報を分析し、顧客の特徴に合わせた提案方法を導き出す。具体的には、若手の営業担当者が初回訪問前に上司と行う作戦会議にAIを活用し、案件ごとに「この顧客はこういう特徴があるので、この切り口で提案する」「この商品はこの強みを伝える」といった支援を提供する。優秀な営業担当者であれば従来からできていたが、若手にとっては非常に有効な支援となったという。
この仕組みは三つの営業所で試験導入され、上司にとっては属人化していたトークスキルを体系化でき、若手担当者にとっては準備時間短縮と提案作成の参考になるツールとなった。現在では全営業担当者が利用可能となっている。
AIの導入は各社で進みつつある一方で、次のステップとなる浸透、普及については、いくつかの課題が提示された。
まず、三井不動産 塩谷 氏から挙げられたのは、運用面である。構築は簡単にできるものの、AIへの継続的なインプット、情報の更新に手間がかかる状態になっている点である。完全に自動化は難しくとも、半自動的に情報更新ができる仕組みが望ましい、との見解が示された。また、このようなシステム面での仕組みだけでなく、浸透にあたっては、利用者や組織面でも、より具体的な課題が浮き彫りとなってきている。
利用者の観点として、経営層と現場担当者では、AI浸透に向けて必要なアプローチが異なるという点が挙げられた。経営層に対しては、まず実際にAIを使ってもらい、その有用性を体感してもらうことが重要である。一方、現場担当者については、すでに利用が広がり始めているため、今後は継続的に使われる環境を整えることが課題となる。特に、個人のAIリテラシー (注2) やプロンプト作成スキルに依存せず、誰でも使いやすい仕組みを用意することが鍵となる。
さらに塩谷 氏は、今後は単に「利用者数」を見るだけでなく、一人ひとりがどの程度の頻度で、どのような業務にAIを活用しているのかという「活用の深さ」にも目を向ける必要があると指摘した。明確な評価指標はまだ定まっていないものの、AIが業務の中にどれだけ定着しているかを把握しながら、浸透を進めていきたいと述べた。
本セッションでは、KDDI、三井不動産、JR西日本の3社による取り組みを通じて、企業におけるAI活用の現在地と課題が明らかになった。共通していたのは、AIが単なる業務効率化ツールではなく、意思決定や業務そのものの在り方を変える存在として捉えられている点である。上司AIもその一例であり、従来の承認プロセスや知識共有の仕組みを再構築する動きにつながっている点が象徴的といえる。セッションで示されたのは、AI導入の成功事例だけでなく、試行錯誤の過程そのものである。ゆえに各社の取り組みは、これからAI活用を進める企業にとって手触り感のある具体的な示唆を与えるものとなった。
今後ますますAIはシステム部門だけでなく、事業部門主導で業務にインテグレーション (統合) され、社会に実装されていくこととなるだろう。この導入、浸透の過程においては、顕在化しているものから潜在的なものまで、乗り越えるべき課題が、数多く発生してくることとなる。本セッション内でも触れられていた、データをAI Ready (注3) にしていくこと、ガバナンスとセキュリティを担保することなどは既に顕在化している課題の一例である。KDDIでは、お客さま企業においてAI実装をトータルに支援する新会社「KDDIアイレット株式会社」を2026年4月に始動。高木は、本セッションのクロージングにあたり、AIを定着・社会実装するために重要な要素を組み合わせ、統合していく新会社にもぜひご期待いただきたい、と述べてセッションを締めくくった。