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2026年3月10日から11日にかけて、KDDIは「本当につかえるAIをビジネスに」をテーマに「KDDI Business AI Fes 2026」を開催した。会場では、生成AIの次の潮流として注目を集める「フィジカルAI」をはじめ、AI活用を支えるインフラやデータ活用のあり方など、最前線の知見が共有された。本記事では、日本の産業構造を変革しつつある「フィジカルAI」と、それを支える計算基盤であるGPU、さらに社会実装を加速させるアライアンスの重要性に焦点を当て、2つの対談セッションの内容をレポートする。
1つ目のセッションは「フィジカルAIのムーブメントはすでに始まっているのか?」というテーマから始まった。フィジカルAIとは、現実世界の物理法則をAIが学習し、複雑なタスクを実行できるようにする技術である。活用領域は、ヒューマノイドや産業用ロボットなどのロボティクス、自動運転やドローンなどのモビリティにまたがる。KDDIの中島 康人は「重要なのは、実際にアクションを起こす点です。フィジカルAIは、基盤モデルの進化と密接に連動しています」と語る。
基盤モデルがLLMからVLM (Vision-Language Model:視覚言語モデル) に進化し、さらに現在では「理解」だけでなく「行動」まで可能なVLAへと発展したという。ここで、韓国発のAIロボティクス企業であるリアルワールド株式会社 (以下、リアルワールド社) の日本代表を務める李 勲 様は、従来のロボットが抱える現場課題を指摘し、「従来型はルールをプログラミングして動作するため、環境やルールが固定されている必要があります。そのため、導入企業はロボットに合わせて現場を最適化する必要がありました」と語る。一方でVLA基盤のロボットモデルは、パターンを学習しながら対応範囲を広げるため、環境変化に強いという。
象徴的な例として、物流のピッキングが挙げられた。従来のロボットで自動化しようとすると商品を事前にスキャンする必要があるが、ECの現場は商品点数が膨大で、しかも新商品追加や廃番が頻繁に発生するため、全件スキャンを継続するのは現実的ではない。これに対しフィジカルAIであれば、形状などのパターンから認識し、未知の商品でも柔軟にピッキングできる可能性が示された。
フィジカルAIを現場で動かす段階に入ったとき、論点は「異なる環境で安定して動作するか」に移る。ここで、KDDIでフィジカルAI/ロボティクスの研究開発に携わる下桐 希が、小売業界で進められている取り組みについて紹介した。KDDIでは、2024年にローソンをグループ会社として迎え「Real×Tech LAWSON」の取り組みを進めており、ローソンにおいて2030年までに店舗オペレーションを30%削減するという目標を掲げ、人が行っている業務をロボットに置き換える取り組みを進めている。
下桐は、欠品検知から品出しまでの一連の流れを説明した。カメラ搭載の搬送ロボットが棚を撮影して欠品や陳列の乱れを認識し、その情報が品出しロボットへ連携される。品出しロボットは、人の動作を学習したモデルを活用し、バックヤードから対象商品をつかんで棚へ陳列する。さらに消費期限に応じた先入れ先出しにも対応し、古い商品が手前に来るように陳列することも可能だ。
こうした実装フェーズへ話が進む中で、中島はフィジカルAI実装におけるキーファクターを次の3つに整理した。第一に「AI技術とデータ」。VLAを備えた基盤モデル、デバイスの進化、カメラやセンサーから得られるデータが要となる。第二に「計算基盤」。学習用の高性能GPUだけでなく、現場要件に合わせて推論モデルを安定稼働させる設計が重要になる。第三に「通信」。映像・センサーと現場の間で、遅延なく双方向にやり取りできること、さらに現場データを安全に接続するセキュリティが不可欠だとした。
KDDIはインフラ事業者として「計算基盤」と「通信技術」の強化に取り組んでおり、大阪堺データセンターにおいてNVIDIA製最新世代GPU「NVIDIA GB200 NVL72」を備えた「KDDI GPU Cloud」を提供している。また通信については、Opensignal社による2026年2月の評価において、8部門中4部門で世界最高ランク評価を獲得 (注1) し、「つながる体感 世界評価No.1」(注2) 2連覇を達成している。
このGPUクラウド×通信が現場でどのように生きるのかを、下桐は実証で示した。ラボ環境ではなく、本社の社員専用ローソン店舗を活用し、ラボでの一連の流れを実店舗でも再現したという。環境の違いによる課題が生じた場合でも安定して動作するかを検証するとともに、課題発生時のデータ取得も狙いとした。構成としては、ロボットアームの3台のカメラが取得した画像を大阪堺データセンターへ送信し、そこで推論し、生成された動作指示を店舗側へ送り返して実行する。店舗環境は時間帯で通信環境が変動し、混雑時には最大で約2秒の遅延が起こり得る。そのため、5Gネットワークスライシングを活用し、混雑時でも約400ミリ秒の低遅延で安定動作することを確認した。さらに大阪堺のデータセンターにあるGB200を用いた推論では、従来基盤で数百ミリ秒かかっていた推論が数十ミリ秒前半で処理でき、品出し作業のスピード改善につながるとした。
ここから話題は計算基盤に移る。李様は、GPUが事前学習と推論の二用途に分かれることを踏まえつつ、事前学習では計算速度だけでなく「データの移動」がボトルネックになり得る点を強調した。とりわけVLAは動画データを扱うため、ストレージとハードウェア間のデータ転送、CPUとGPU間の通信、システム全体のデータ移動効率が重要になるという。そしてGB200はGPUチップ同士を高速に接続する仕組みにより、計算だけでなくデータ移動速度も大幅に向上すると説明した。
リアルワールド社は、実際にKDDIの大阪堺データセンターにあるGB200を用いて学習効率を比較した結果、A100で学習したときと比較して約227%の性能向上を確認したという。さらに推論についても、GB200を活用する方向性にあると紹介。将来、ヒューマノイドが多数稼働する段階では、推論においても高性能GPUが必要になる可能性を指摘した。
セッション終盤のメッセージでも、インフラの重要性は繰り返された。李様は、数年以内にヒューマノイドが数百台・数千台規模で現場稼働する未来を見据える動きがあると述べ、その時代にはKDDIの5Gをはじめとした通信やAIインフラが不可欠だとして協業への意欲を示した。下桐も、フィジカルAIがビジネス現場への本格導入の段階に入る一方で、セキュリティやプライバシーへの配慮が不可欠であることを指摘する。その上で、KDDIはこの領域に強みを持つことを強調した。最後に中島も、「KDDIは圧倒的な計算力とつなぐチカラの融合により、AIが現場を動かす力を生み出し、お客さまの暮らしの変革や企業の皆さまの事業成長に貢献していきます」と締めくくった。
次のセッションでは、KDDIの浅川 善則が司会を務め、霜田 純 様 (さくらインターネット株式会社 (以下、さくらインターネット)) と小堀 敦史 様 (株式会社ハイレゾ (以下、ハイレゾ)) とともに「アライアンスにより実現するAI活用の未来」をテーマに議論した。冒頭で浅川は、2025年10月に設立した「日本GPUアライアンス」を紹介し「日本国内における計算需要の急速な高まりを背景に、安定的かつ柔軟に計算資源を提供することを目的としています」と説明した。3社はそれぞれ特長の異なる計算基盤を提供しているが、それらを相互再販することで国内のさまざまなニーズに対応していくという考えだ。
例えばさくらインターネットは、V100からB200までの幅広いラインアップと、再生可能エネルギー100%のデータセンター運用、AIプラットフォーム「さくらのAI」や専有型からクラウド型「高火力」シリーズ、さらにHPC「さくらONE」まで、提供形態の幅広さが特長として挙げられる。ハイレゾは「GPUSOROBAN」を中心に、学習やバッチ推論に適した使いやすい計算環境を、用途・予算に合わせて選べるラインアップで提供し、要望に応じてプライベートクラウドにも対応可能だ。
KDDIは「KDDI GPU Cloud」で「NVIDIA GB200 NVL72」を採用し、NVIDIAのエンタープライズリファレンスアーキテクチャに基づき、大規模学習に高い性能を発揮しつつ、1台単位から大規模クラスターまでスケールできる。
議論は「計算資源の需要拡大」へ進んだ。浅川は、AIの進化がエージェントAI、さらにフィジカルAIへと発展する中で、必要とされる計算資源が飛躍的に増加するという見通しを示した。小堀様は、世界と比べると日本は遅れを取っている部分があると感じつつも、国内の計算量需要は年々伸びているとの印象を示した。地方ではAI活用がまだ浸透しておらず、導入効果やコストを慎重に判断するケースが多いという。一方で、エージェントAIやフィジカルAIは業務プロセスに組み込みやすく、費用対効果も見えやすい。そのため、裾野の拡大とともに地方需要も増え、日本全体のAI活用が活性化していくのではないかとの見立てを示した。
また、PoCの小規模な取り組みから大規模モデル開発まで、幅広いニーズが存在し、それらを受け止める「計算資源のバリエーション」が重要になると指摘する。霜田様は、用途や規模に応じて柔軟に対応できる環境の提供が今後ますます求められると考えており「3社のアライアンスによって、より幅広いニーズに対応できる体制を構築できると期待しています」と語った。
計算資源の需要は全体的に裾野が広がっており、HPC・科学技術計算 (ゲノム解析や経済シミュレーションなど) のように、複雑で大規模な計算を要する用途が増加しているという。加えて生成AI領域では、LLMの事前学習やファインチューニングによる精度向上の動きが続き、GPU中心の計算資源の重要性は引き続き高まる見通しだ。
続いて話題は「AIの社会実装」に移る。ロボティクスの社会実装には時間がかかるという見方について、浅川は日本の製造業の強みを踏まえ「育てていくべき分野」であり、アライアンスとして積極的に取り組みたい領域だと主張する。小堀様は、理想として市場拡大が望ましいとしつつ、開発側・導入側双方のハードルの高さから、本格的な普及には一定の時間が必要という認識を示す。将来を見据えて発展を推進するには、さらに多くのパートナー企業と連携しながら取り組むことが不可欠だという。
ここで「AIロボットのバリューチェーン」という視点が提示される。AIロボットにおいては企画・構想からデータ収集、AIモデル構築、ハードウェアの製造・組み込み、サービス化を経て社会実装へ至る。GPUアライアンスはインフラとして重要だが、それ以外にもハードウェア、ロボティクス、モデル、アプリケーションなど多様な要素が必要で、多くのプレイヤーを巻き込みながら進めることが不可欠だという。
社会実装を加速させる条件として「データの扱い」について繰り返し強調された。セキュリティは極めて重要であり「データ主権」の文脈も踏まえると、データをどう収集し、どう保護しながら活用するかが大きな課題になるという。そのため、ネットワーク・ハードウェア・ソフトウェアにまたがるケイパビリティが必要だが、日系企業が一社で完結させるのは現実的ではない。霜田様は「アライアンスを通じて、日本全体として産業力を高め、その上で社会実装を実現していくことが重要だと考えています」と述べた。
小堀様は、優れたサービスや技術が生まれても「普及させるフェーズ」が遅れると世界との差が広がるリスクがあると指摘する。日本特有の文化や風習が導入ハードルになっている側面にも触れ、企業単独ではなく国や自治体の支援も含めた官民連携が重要だと主張する。これに対し浅川も、経済産業省などの支援も受けながら進めていることに触れ、国の動きと連動する重要性を示した。
セッションの最後に、アライアンス拡張の方向性について語られた。霜田様は「インフラ領域に強みを持つ3社として、今後はハードウェア提供企業、ソフトウェア開発企業、さらにはAIを実際の現場で活用する企業と連携することで、より大きな広がりが生まれると考えています」と述べた。小堀様は、構想策定からサービス化までを推進する上で「コンサルティング会社やSIerの存在も欠かせません。顧客と向き合いながら構想を作り込んでいく役割を担う企業との連携が重要になります」と補足した。浅川も、単一企業で完結しない社会実装の特性を踏まえ、バリューチェーンを成立させるには複数事業者の連携が必要であり、エコシステム構築が重要だとまとめた。
二つの対談が示したのは、AIが「文章を作る」段階から「現場で行動する」段階へ向かうほど、AIのモデル以上に基盤が成果を左右するという現実である。フィジカルAIの現場実装では、計算基盤と通信 (低遅延・安全なデータ接続) が不可欠となり、大阪堺データセンターとネットワークスライシングを組み合わせた実証、GB200を用いた推論・学習効率の改善といった形で、その要件が具体化された。
同時に、計算需要の拡大は一社で抱えきれるものではなく、用途・規模の異なるニーズを受け止める選択肢と、ロボットバリューチェーンを成立させる連携が必要になる。日本GPUアライアンスの議論が示したのは、インフラ提供を起点にしつつ、データ主権やセキュリティ、官民連携、そして多層のプレイヤーを巻き込んだエコシステムづくりへ踏み込むことこそが、AIの社会実装を前へ進める鍵である、という結論だ。
KDDIは、通信とGPU基盤を一体で提供できる強みを生かし、フィジカルAIの社会実装を支える存在として、今後ますます重要な役割を果たしていく。