「空の産業革命」をもたらすドローンの活用に期待が集まっている。中でもドローン物流は期待が大きく、そのためには、現状まだ認められていない「有人地帯での目視外飛行」を可能にするための技術や仕組みが不可欠だ。
このほど日本航空株式会社様はKDDIとともに実証実験を行い、レベル4実現に向けた歩みを進めることに成功した。
その概要や舞台裏を紹介する。
淡路島の中央部に位置する兵庫県洲本市。2021年10月、医薬品卸会社の倉庫から県立淡路医療センターの屋上まで、ドローンが医薬品を搭載して飛行する実証実験が行われた。
ドローンは、公道が走る7つの橋を越えて飛行した。これは、ドローンの飛行に国土交通大臣の許可が必要な人口集中地区において日本初のことである。
実証実験には、もう1つ特筆すべきことがある。操縦にあたっては、東京 虎ノ門にあるKDDIの施設で、KDDIが開発したFOS (Flight Operation System) や機体同士の衝突危険検知などを担うUTM (Unmanned Aerial System Traffic Management) といった運航システムによるドローンの管理がされていたのだ。
ドローン操縦を務めた日本航空株式会社 (以下、JAL) デジタルイノベーション本部 エアモビリティ創造部 アシスタントマネジャーの石井 啓吾 様は、次のように振り返る。
「7つの橋の上を経由してドローンを飛ばすという、前例から考えると難しい場面を想定した実証実験でしたが、無事に成功させることができました。運航管理システムとの連携や、ヘリコプターとの接近回避を想定したイレギュラー対応などの目的についても達成しました。また、実際にFOSやUTMに触れることで、その技術を習得できたことも収穫でした」
石井 啓吾 様
現在ドローンの飛行は、航空法によって一定の規制がかかっており、そのレベルは4つに分類されている。このうち現行でまだ認められていないものが、レベル4の「有人地帯での目視外飛行」である。「小型無人機にかかる環境整備に向けた官民協議会」が策定した「空の産業革命に向けたロードマップ2020」では、2022年度を目途に、このレベル4の実現を目指しているところだ。
このレベル4の実現に欠かせないのがFOSやUTMといった仕組みである。今回の実証実験の同日に、国内最大規模の全国13地域で計52機のドローン同時飛行による運航管理を実施した。運航管理システムが全国規模で運用でき、かつ複数のドローンが飛び交う上空での衝突回避などの管理業務を行えることを確認し、レベル4実現に向けた重要な一歩となった。
その中の洲本市の実証実験は、レベル2「補助者あり目視外」で行われた。万が一の事態のため、離着陸地点には自動操縦が困難な際に目視による手動操縦を行えるようバックアップ操縦士を配置。また、離着陸地点や各橋などにも補助者を配置するなど、そのスタッフの数は総勢約50名にも上った。
また、事前準備には半年以上をかけた。JAL様では道路交通法など航空法以外の確認や、グレーゾーンを取り払うために関係省庁などとの調整を実施し、洲本市の理解や協力を得た。ドローンに関する法律やガイドラインは現在発展途上であり、自治体によって対応が異なることも珍しくなく、事前の説明や調整が欠かせない。そのため今回の実証がモデルケースとなり、今後の地方都市におけるドローン利活用の推進に役立てられることも期待される。
なぜJAL様がドローンに関わっているのだろうか。当実証の飛行責任者で、同社デジタルイノベーション本部エアモビリティ創造部マネジャーの田中秀治様は、次のように説明する。
「離島や中山間地域においては、医療や買い物といった物流の課題があります。その中でJALは、エアラインとして今まで培ってきた安全運航のノウハウを活用して解決に貢献できないかと考え、ドローンに着目しました。災害時の情報収集や緊急支援物資の運搬なども視野に入れつつ、2023年度のドローン事業化を目指しています」
JAL様の持つ安全運航のノウハウは、ドローン運航にどう役立てられるのか。
「ドローンを物流や警備などの産業で普及させるには、省人化と安全運航という一見トレードオフになりそうな要素を両立させる必要があります。そのためには管制システムだけではなく、想定されるリスクに対応できる運航体制が不可欠です。航空機の運航を通じて蓄積したオペレーションに関するノウハウを、ドローン運航に役立てられればと考えています。実証実験では運航体制や責任を明確化する運航規程、チェックリスト、イレギュラーガイドライン、コミュニケーション要領といったドキュメントを整備して臨みました」(田中様)
実際、バッテリー低下を想定して緊急着陸地点に向かうシナリオや、ヘリコプターが接近したことを認知して出発地点に引き返すシナリオなども実施。
田中 秀治 様
「イレギュラーが発生したとき急に判断するのは難しいため、あらかじめ対応方法を細かく決めておきます。例えば旅客機の場合、緊急時は最寄りの空港へ一定時間以内に緊急着陸できるようにルートを設定しているのですが、今回の実証でもこの考え方に基づき、飛行中のエリアごとに緊急着陸地点を設定しておきました」と田中様は説明する。
「FOSには一時停止や引き返し、緊急着陸のボタンがありますが、実際に操作する人間が躊躇してしまえば意味がありません。今回、用意したシナリオだけではなく、意図せず空中でドローンが停止するというイレギュラーな場面もありました。そこで戸惑っていると、さらに重大なイレギュラーを引き起こす可能性がありますが、事前に想定した訓練を行っていたため、手順に従い驚くほどスムーズに対処できました。JALが持つ運航管理面でのノウハウをドローンに応用できたと思っています」(石井様)
一方のKDDIがドローンに関わる狙いは何なのだろうか。KDDI株式会社 事業創造本部ビジネス開発部ドローン推進グループ マネージャーの杉田博司は、こう説明する。
「ドローンは空飛ぶロボットとも呼ばれていますが、現時点では原則として人が目視で飛ばさなければなりません。これを目視外へと変えていくためには通信が必須であり、KDDIの持つ全国に張り巡らされたセルラー網を生かせることから、事業機会を見出しています。現在は離島や中山間地域での実証実験が中心ですが、段階的に都市部へ進出し、ECの配達などでドローンが飛び交う時代が来るでしょう。そのときを見据えてKDDIでは管制システムに取り組んでいるのです」
KDDIのドローンビジネスとしては、すでに法人向けサービス「KDDI スマートドローンお客さま運用メニュー」を提供している。
杉田 博司
山下 晃
「より多くのお客さまがドローンを遠隔制御で安全に利用できるよう、運航管理システムだけでなく、KDDIで検証済みの実績ある機体、通信サービス、損害保険、保守サービスといった必要な要素をワンパッケージにしてご提供しています」とKDDI株式会社 ソリューション事業本部 サービス企画開発本部 5G・IoTサービス企画部 ビジネス開発グループ マネージャーの山下 晃は説明する。
ドローン活用はさまざまな用途が存在するが、分かりやすいユースケースの1つが、高所における点検作業だろう。担い手が減っているうえ、危険性と効率の観点からニーズが多い。まさに省人化を実現するドローンがうってつけなのである。
「特に通信鉄塔や電力鉄塔の点検は、ドローンによる代替が進んでおり、広域を監視したいというニーズも増加しています。そこで『KDDIスマートドローン』では、さまざまなニーズに合わせたサービスやソリューションを用意してお客さまの業務課題解決に取り組んでいきます」(山下)
洲本市での実証実験は成功裏に終わったが、レベル4の実現に向けては、まだクリアすべき課題が残っている。
田中様は「都市モデルでの実装では、今まで以上に踏み込んだリスク管理が必要です。例えば欧州で採用されているリスクアセスメントの手法を参考にしながらリスクを定量化し、さらに実証を重ねていきたいと考えています。そして、社会でドローンが役立っていくため、シナリオを作り込んで実装に向けて進めていきたいです」と話す。
石井様は「運航管理の強化だけでは解決できないような課題もあります。住民の理解、ヘリコプター運航者団体との調整なども、さらに必要になってきます。運航機能とシステムがともに強化され、安全性と効率が向上すると、社会受容性が今まで以上に上がっていくでしょう」と強調する。
さらに杉田も「社会の理解を得ることは重要だと思います。まだ一般的には、ドローンはホビーの延長という認識があることから、きちんとリスクコントロールして運用していることを周知していく必要があります。社会に浸透させていくためには、利便性を感じられるユースケースが欠かせないでしょう」と続ける。
実証実験だけでなく、ドローンのユースケースは着実に増えてきている。KDDIでも、自治体運営によるドローン配送事業や、風力発電所や通信鉄塔の点検を実現してきた。
山下は「こうした実績や当社が開発した技術を反映しながら、お客さまがより柔軟にご利用できるサービスをご提供し、ドローンが社会にもっと役立っていけるよう貢献したいと考えています」と抱負を語る。
「ドローンは人の作業を代替するだけでなく、これまでできなかった作業も可能にします。『叶えるために、飛ぶ』というコンセプトを掲げるKDDIスマートドローンで社会課題を解決し、お客さまの一つ一つの想いを叶えていきたいと考えています」(杉田)