2022年5月に三井物産株式会社 (以下、三井物産) 様とKDDIが共同で設立した株式会社GEOTRA (以下、GEOTRA) が、市場開拓の歩を着実に前に進めている。同社のプロダクトは、地理空間上の人の流れをデジタルに再現できるプラットフォームだ。スマートシティの計画づくりから都市の防災計画、建物・社会インフラの建設・保守計画の策定に至るまで、さまざまな用途に活用できる人流シミュレーターとして、多方面からの注目と引き合いを集めている。
「人の流れをよみ、未来をつくる」──。このコーポレートメッセージのもと、都市・地域における人の流れ、すなわち人流をデジタルに再現・可視化するツールを提供しているのが、GEOTRAだ。三井物産様とKDDIのジョイントベンチャーであるGEOTRAが設立されたきっかけについて、代表取締役社長CEOである陣内 寛大 様はこう振り返る。
「私は三井物産でスマートシティ (注1) の事業に携わり、以前から、人流データをうまく活用すれば、街づくりのプランニングがより精緻に、かつ高度になると考え、そこに事業化のチャンスがあると見ていました。そこで、GPSビッグデータ (人の位置情報 (注2) ) を保有するKDDIに、人流シミュレーターの共同開発・事業検討の提案をしたことが、GEOTRAの設立につながりました」
KDDIは三井物産様の提案に協調し、2020年から共同開発プロジェクトをスタートさせた。のちの2021年3月には、両社連名で共同開発、実証実験 (注3) を対外公表。大手の不動産デベロッパーや自治体での試験導入へと進展させている。その共同事業を本格的に展開すべく創設されたのがGEOTRAである。
陣内 寛大 様
「KDDIが三井物産様との事業会社を作るに至った理由が2つあります。1つ目は事業化の検討時に一緒にお客さまを訪問し、三井物産様の都市開発・都市計画に関する造詣の深さを感じたこと。KDDIに足りないものを補完してくれる存在だと感じました。また、2つ目は共同開発した人流シミュレーターがお客さまの評価が想定以上に高く、活用範囲の広さ・深さがあると判断したことです。つまりお互いの会社が補完関係にあり、また、ビジネスとしても発展的であると考えたのです。今、私たちGEOTRAの提案は、建設・不動産業界や自治体など、ターゲットのニーズをとらえ、着実に市場を押し広げつつあります」と話すのは、KDDI側から共同開発プロジェクトに参加し、現在はGEOTRAの代表取締役副社長を務める鈴木 宙顕 氏だ。
人流シミュレーターの大きな特長の一つは、一切の個人情報が扱われない点にある。つまり、個人の位置情報を単に地図上にマッピングしたような仕組みではないということだ。
鈴木 宙顕 氏
「商用の環境で、本人の同意がないままに位置情報のような個人データを扱うことはコンプライアンス上できません。
それが位置情報を使った、人流分析を困難にしてきたといえます。そこで私たちは秘匿化されたauのGPSビッグデータや地図・交通データ、公的データ、POI (Point of Interest : 地図上の特定の地点) データなどの情報をもとに、データ同士で補完しながら、AI (人工知能) / 機械学習を使った予測分析によって “架空の人” を仮想的につくり上げるテクノロジーを開発しました。さらに、その “架空の人” で人流をリアルに再現 / シミュレートできます。この技術は、“都市人流のデジタルツイン” と呼ぶことができ、人々を抽象化 (モデル化) してサイバー空間上で再現したものです。
実在の個人を特定するデータではなく、あくまでもコンピューターを使ってつくり上げたもので、我々はこれを「GEOTRAアクティビティデータ」と公称しております。GEOTRAアクティビティデータの活用にコンプライアンス上の問題は発生しません」(陣内様)
陣内様が説明したとおり、GEOTRAアクティビティデータは、統計情報とAI / 機械学習技術のかけ合わせによって生成される合成データであり、活用にコンプライアンス上の問題は発生しないが、現実世界と同一の統計的特徴を有し、そのデータによって、さまざまな属性 (年代・性別・勤務エリア・居住エリア、など) を持った生活者一人一人の移動履歴、ないしは導線を表現・再現することができる。そのため、さまざまな切り口から人の移動の傾向をとらえ、可視化することが可能になる。
例えば、画面1は「大手町エリア (丸の内2丁目) 」に勤務する人が、主としてどの地域に住んでいるかを可視化したものだ。人流シミュレーターを使うことで、このような分析を即時的に行うことができる。
また、画面2は徒歩という「移動手段」で日比谷公園周辺から日比谷公園へと向かう人を「時間 (18時ごろ) 」「性別 (女性) 」
「年代 (20代) 」によってフィルタをかけた結果だ。ご覧のとおり、18時ごろに銀座から日比谷公園へ徒歩で向かう20代女性が相当数いることがわかる。
商業施設などの情報をこの結果に付与することで、20代女性による徒歩移動の目的を類推できるだろう。それを起点に仮説検証のPDCAサイクルを回し、移動の目的をより正確にとらえることが可能になることを狙っている。
「これまで『20代女性の多くが、18時ごろに徒歩で銀座から日比谷公園に向かっているという事実』を分析するには、個人データの収集と利活用のためのデータ生成だけでも相当の工数がかかっていたはずです。いわゆる手でカウンターを使った交通量調査などのイメージです。収集工数以外にアナログで取得したデータをデジタルに直さなくてはならないといった工数があります。
そういった負荷の高い作業が、この人流シミュレーターでは簡単に分析・解析できます。その一点だけをとらえても、お客さまにもたらすメリットは大きいと考えています」(鈴木氏)
さらに、このシミュレーターでは、都市人流の未来予測が可能であり、例えば渋滞予測や施設の混雑予測、災害時の想定人流などをシミュレーションすることもできる。こうした可視化・予測の核となるのが、先に触れたGEOTRAアクティビティデータであるが、その実現においてKDDIが保有する位置情報の精緻さが必要に有用だったと、陣内様は評価する。
「KDDIはGPSによって位置情報を収集でき、その情報は、人が実際にいる場所と取得データとの誤差が非常に小さいのが特色です。この位置情報の正確さによってGEOTRAアクティビティデータにおける精度の向上を再現できています。加えて、KDDIでは位置情報の供出者である契約者の基本属性も保持しているので、それもGEOTRAアクティビティデータの付加価値の向上に役立ったといえます」(陣内様)
先に触れたとおり、人流シミュレーターやソリューションはすでに多くの企業や自治体から注目を集め、例えば、三菱地所株式会社様では丸の内エリアのカーボンニュートラルに向けた取り組みや街の利便性向上に向けた施策検討をGEOTRAと共同で進めている。
また、渋谷区様ではすでにGEOTRAアクティビティデータを、区の現状を可視化・分析するための「シティダッシュボード」の基礎データとして活用しており、今後、区民による区内の移動ニーズの把握などにも生かしていく考えだ。
加えて陣内様は、全国的に深刻化する橋梁・道路・トンネルなど、社会インフラの老朽化問題にも取り組んでいくという。
「数万にも及ぶ日本の社会インフラが老朽化し、修繕や建て直しが必要とされていますが、日本の建設業界は人手不足や資材の高騰などに苦しめられ、すべてを一挙に進めることは実質的に不可能な状況にあります。そこで、社会インフラごとにそれが壊れた場合の周辺地域への影響度合いを人流シミュレーターで分析・可視化し、修繕・建て直しの優先順位づけや計画の適正化に貢献したいと考えています。また、新規社会インフラの建設時に、その社会的価値を科学的に割り出すツールの一つとして活用していくことも検討しています」(陣内様)
さらに陣内様は、こうした社会貢献に力を注ぐ一方で、普及促進や事業の拡大にも意欲的に取り組むとし、こう話をまとめる。
「人流シミュレーターは用途が広く、例えば、鉄道会社の方がこれを用いることで、電車に乗る前と乗った後の人流を把握し、駅構内の構造変革やデジタルサイネージの最適化、マーケティング施策の精緻化などに役立てていけるはずです。
これからは、そうした可能性をより広く訴えていくつもりです。また、あわせて、スマートシティの実質的な牽引役である建設・不動産事業者の新たなまちづくりや環境づくりに関わる課題への理解を深めながら、現場で真に役立つ人流データとは何か、人流分析とは何かを徹底的に突き詰めていき、弊社の成長・発展につなげていきたいと考えています」