日本各地に根ざすJリーグのプロサッカークラブと、パートナー企業であるKDDIが連携し、新たなテクノロジーを活用してファン体験の価値向上と地域活性化に取り組んでいる。今回は、KDDIで「スポーツ×街づくり」を推進する担当者と、同社と連携するアビスパ福岡、ジュビロ磐田のクラブ担当者にインタビューし、その取り組みと手応えを語った。ファン集客や体験価値の向上、クラブのデジタル化支援、さらにスポーツを起点とした地域貢献まで、三者の視点から掘り下げる。
――KDDIはどのような経緯でプロスポーツクラブ (以下、クラブ) との取り組みを始めたのでしょうか。また、クラブ側が抱える課題をどのように捉えていますか。
久利生 私は現在スマートシティ事業開発の部門に所属しています。KDDIは従来よりTAKANAWA GATEWAY CITYを起点としたまちづくりに取り組んできましたが、実は近年、日本各地でスタジアムやアリーナの建設ラッシュが起きており、「スタジアムを核に街づくりをしたい」という相談が各所からKDDIに寄せられているんです。そうした背景から、「街×スポーツ」という切り口で何かビジネスができないかとスポーツ領域に関わるようになりました。
久利生 大輔
また私自身前職でJリーグクラブやBリーグクラブの業務に携わっていた経験もあり、プロスポーツチームには「頑張れる人がとことん頑張って支えている」ような状況が多いと感じていました。限られた人的リソースの中で皆さん奮闘されているので、ICTを活用して業務効率化を図ることでクラブの助けになると思っています。特に感じていたのは、クラブはスタジアム内でのファンサービスにリソースを集中させるため、スタジアムから一歩外に出た「街」との関わりまではなかなか手が回っていないという点です。どのスポーツクラブも抱えている「試合を見に来てくれる来場者の利便性向上」や「地域活性化への貢献」という課題に対し、AIやICTの力で解決できれば面白いのではないかと思っています。
――クラブの現場でもやはりリソース不足で地域連携まで手が回らないという実感がありますか?
江端様 ジュビロに限らずJリーグの多くのクラブは少人数の体制で運営しており、まずは目の前の試合を回すことにどうしても注力せざるをえません。中長期的な視点で街づくりや地域との関わりを…とは思っても、現実的には難しい側面もあるというのが正直なところですね。
江端 大介 様
神野様 我々も同様に少人数の体制で運営していますが、どうしても試合興行やスポンサー営業を中心にリソースを割かれる構造です。Jリーグはもともと地域密着を掲げて発足したリーグで、我々としても社会課題の解決や地域活性化にしっかり取り組みたい想いは持っていますが、そういった活動に十分リソースを割くのは難しいのが現状です。
神野 嘉一 様
――アビスパ福岡さんでは、トークン (注1) を活用した「アビスパDAO (注2) 」という独自の取り組みによって地域活性化を図っていると伺いました。この取り組みについて教えてください。
神野様 アビスパDAOはアビスパが発行するトークンを入手すると参加できるコミュニティです。もともと当クラブではコロナ禍でスタジアムの入場を制限しなければならなかった時期に、トークン発行プラットフォームを活用してトークンを発行・販売し、クラブ運営費を調達しました。クラウドファンディング的な目的でトークン発行をおこなったと言えます。その後トークン保有者のコミュニティを「地域の価値を共創するコミュニティ」と定義し、アビスパDAOを発足しました。一般的にDAOはトークン販売益を活動資金に充当しますが、メンバー増加が落ち着くと活動資金が乏しくなる傾向があります。そこでアビスパDAOでは逆にクラブがひとつの事業として積極的に取り組む社会貢献や地域活性化につながる活動に貢献してくれた人にトークンをお渡しする形に変えました。つまり、クラブと一緒に地域のために活動して頂いた方に、トークンという形で還元するモデルへとシフトしたのです。
そうすることで、これまでクラブ単独では継続的に取り組むのが難しかった社会貢献・地域貢献活動も、地域の皆さんや福岡が好きな皆さんを巻き込みながら実現できるようになりました。その結果、アビスパDAOの取り組みに共感してくださる企業、例えばKDDIさんのような企業と「一緒にPoC (概念実証) をやりましょう」と協業のご相談をいただけるようにもなってきています。
――スポーツクラブが直接的に地域貢献するのは難しいといった話を伺ったのですが。
神野様 各クラブとも地域貢献活動には積極的ですが、アビスパは特に、アビスパ独自のモデルで事業化につなげていく意識がより強いと自負しています。
実際、Jリーグ全体を見てもDAOを運営しているクラブは少ないですし、こういった取り組みを継続させ浸透させていくのは本当に難しいと感じます。それでもアビスパDAOは幸い2年以上にわたって活動を続けることができており、トークンを持ってDAOに参加しているメンバーは現在約7,000人と、DAO開始前と比べて4倍以上の規模に成長しています。
――トークンはお金ではなく、買い物はできないんですよね。何に使えるんですか?
神野様 アビスパトークンには通貨のように決済手段として使える機能はなく、コミュニティ内でポイントのように機能します。トークンが貯まると、選手のサイン入りの私物やクラブ公式グッズの共創プロジェクト参加権など、さまざまな特典が提供されます。また持っている1トークンを1票として、コミュニティの運営方針などを決める投票に参加できたりします。
――DAOの参加者はファンクラブ会員の方が中心ですか?
神野様 DAOの発足当初はファンの方が中心でしたが、今では「福岡が好き」という思いを持つ方や、他クラブのサポーターの方々も加わるようになっています。
KDDIさんとの取り組みを通じてアウェイから訪れる人が福岡で楽しめる情報を充実させるとともに、トークンを持つDAOメンバーへの還元方法にも工夫を凝らしています。アビスパのファンが喜ぶ内容ばかりだとコミュニティの幅が狭くなってしまうので、パートナー企業に協力してもらい、地域のホテル宿泊券やスポーツバーでの割引を提供するなどの還元を用意しています。これが結果的に地域経済への貢献にもつながると考えています。
ファンや地元の方以外にも「福岡出身の方」や単に「福岡好き」の方など、多様なメンバーが加わることで、アビスパDAOがコミュニティとしてすごく良くなることを予感しています。その結果としてクラブがより幅広い社会貢献や地域活性化につながる活動を実行し、DAOを通じて参加する方々には貢献に応じて還元がある、そういう地域の新たな経済圏となるようなモデルを作っていきたいです。
――一方、ジュビロ磐田さんは東京をはじめ県外にもファンが多いと伺いました。遠方のファンにもクラブを身近に感じてもらうため、どのような取り組みをされていますか。
江端様 おっしゃるように、当クラブは県外、特に関東圏のサポーターが多いことがデータからも分かっています。背景には、やはり1990年代後半~2000年代初頭のジュビロ磐田の好成績があります。当時のクラブは非常に強く、日本代表クラスのスター選手も多数在籍していたため全国的な知名度がありました。そのころから応援してくださっているファンの方が今も各地にいらっしゃり、さらにそのお子さん世代がファンを受け継いでいるケースもあります。また、地域特性上、進学や就職で地元を離れた方がそのまま応援し続けてくださっていることも想定されます。
そういった遠方のファンの方にも継続的にジュビロを応援していただくため、スタジアムに来られなくても楽しめるよう、ファンクラブ内に「サポート (注3) 」というカテゴリを新設しました。これは試合会場にあまり来られない方を想定したカテゴリで、試合直後の選手コメントを収録した動画配信など、自宅でも楽しめるコンテンツを提供しています。また、関東にジュビロを応援してくれる飲食店があるので、そういったお店と連携してゲストを招き、パブリックビューイングとして一緒に試合観戦を楽しむイベントも企画しています。
首都圏にいながらジュビロを応援し続けたくなる仕組みを作るイメージですね。こうした遠方サポーター向けの施策を定期的に実施することで、ファンづくりに尽力しています。
――今年、両クラブにはKDDIと共同で生成AIを活用した観光プラン提案PoC (概念実証) (注4) に取り組んでいただきました。これは具体的にどのような取り組みだったのでしょうか?
久利生 行政やクラブのパートナー企業の方々とお話ししていると、「県外から来るお客さんと接点を持ちたい」というニーズをよく耳にします。特に、これからスタジアムやアリーナを作ろうとされている地域では、クラブが努力してファンを増やせば、対戦相手チームのサポーターも遠方から多く来るようになる。遠征組の方々が宿泊や飲食をすれば地域に経済効果が生まれ、関係人口も増える。だから行政としても企業としても「スポーツクラブを支援するのは、地域を輝かせるコンテンツだからです!」と胸を張って言いたいという方の声も聞こえてきました。そこで、スポーツを通じて街が活性化する好循環、具体的には地域の関係人口を増やす取り組みをAIの力で後押しできないだろうか、と考えました。
観戦スタイルはファンによって本当にさまざまです。可能な限りコストを抑えて全てのアウェイ戦に駆けつける方もいれば、観戦を旅行パックのように楽しむ方、美味しい地元グルメも楽しみという方もいる。千差万別のニーズに対し、クラブとKDDIが手作業で一つ一つ応えるのは現実的に厳しいと最初に思いました。それならば、地元に詳しい友人がいるかのように、AIが個人の好みに応じた観戦計画を提案すればいいと考えたわけです。一度こうしたモデルを作り上げれば、どの地域でも共通の課題解決に役立てられる可能性もあります。
そこで、クラブやファンが「ファンに勧めたい情報」をベースに、生成AIがおすすめ情報を提案してくれるウェブアプリを作りました。
――情報 (口コミ) はどのように集めたのですか?ファンの方からおすすめ情報を集約するにあたり、クラブごとに工夫はありましたか。
江端様 実はジュビロには長年クラブに在籍している地元出身のスタッフが複数いまして、日頃からさまざまなファン・サポーターの声を聞いてきました。そういったスタッフにも意見を出してもらい、「知る人ぞ知る」お店やライトなファンからは出てこないようなコアな情報など、地元をよく知っているからこそ出せる情報をリストに入れてもらいました。おかげで非常に濃い内容のリストになったと思います。
県外から来場されるサポーターにはあまり知られていない、地元の人ならではのディープな情報がそろったのは大きな価値ですね。実際、一般的な検索サイトで出てくるランキング上位店は、クラブスタッフ・ファンどちらのリストにも出てこなかったんです。それだけ両者からユニークで貴重なおすすめの情報が集まったということだと思います。
神野様 アビスパではDAOコミュニティを最大限活用して情報収集を行いました。まさにDAOならではのアプローチですが、口コミ投稿を盛り上げるためにインセンティブとしてトークン還元を用意したのです。口コミ投稿者へのトークンプレゼントに加え、コミュニティ内で投稿に対して「いいね」を付けられる機能があるので、いいねがたくさん付いた優良な口コミを提供してくれた人にはボーナストークンを差し上げる、という仕組みにして品質の高い情報が集まるように工夫しました。
もちろんクラブから公式ニュースやX (旧Twitter) などで「こういう取り組みを始めます」と告知もしましたが、他のトピックと比べて大々的に宣伝したわけではありません。それでもトークン還元という仕掛けがあったおかげで、DAOのコアメンバーが周囲の仲間を誘ってどんどん参加してくれまして、当初想像していたより多くの良質な口コミ情報を集めることができました。
出てきた口コミ内容にも特徴がありました。例えば「福岡駅周辺ではホテル料金が高いから、となりの駅周辺に泊まるのがおすすめ。その駅からスタジアム行きの直通バスも出ている」という具合に、遠征に来る人の負担を減らせる耳寄りな情報が多かったんです。その結果、ジュビロさんと同様に一般的な検索サイトで出てくるランキングの上位店はほとんど出てこないくらい、地元の人だからこそ知っている情報が多く集まりました。
――実際にサービスを試験提供した際の、ファンやクラブ内の反響はいかがでしたか?
久利生 予想以上に多くの方々に使っていただきました。データを分析すると、関東在住のジュビロサポーターの方々が磐田やアウェイ遠征の際に利用してくれたケースが多かったようです。また、特に告知していないにもかかわらず、アビスパ福岡と対戦するアウェイチームのファンの方にも一定数ご利用いただいていました。ジュビロ磐田のヤマハスタジアムはピッチとグランドの距離が非常に近く、熱量を感じられるスタジアムなので、「この機会にヤマハスタジアムに行ってみようかな」と遠征を決めた方も多かったのかもしれません。
江端様 取り組みとして面白い、という反響が1番多かったと思います。物珍しさで使ってみた結果、その情報をベースに予定を組み立てられた、といった人も少なからずいらっしゃったので、そういう意味でよい反応はあったのかなと思います。
また、面白い反応としては、AIに提案されたお店の中に、実は他クラブを熱狂的に応援している店も含まれていました。地元では有名なお店なのですが、それがリストに出てきたものだから、あるユーザーの方からの驚きのコメントが投稿されていました。ただ私たちとしては、むしろサービスがかなりターゲットを絞った濃い情報を出せている証拠だとポジティブに受け取りました。
神野様 福岡側でも、DAOメンバーの皆さんから非常に好意的な評価をいただきました。口コミを寄せてくれたメンバーは自分の投稿がサービス上に反映されるのを見て喜んでくれましたし、「これをもっと広めたい!」といった声が上がりました。クラブとして全国に情報発信するのは容易ではないので、草の根でファンの皆さんが広げてくれるのは本当にありがたいです。
久利生 利用者アンケートの中でポジティブな反応としては、「アウェイ観戦に行く友人同士で、このサービスが提案する計画をベースに話し合えたのがとてもよかった」というものでした。
今後も周辺観光情報も充実させていくので、さらに満足していただけると思います。また、KDDIの持つauスマホユーザーの位置情報なども組み合わせると、より大きな価値が生まれるのではないかとも構想しています。
――最後に、KDDIとの共創を通じた取り組みの今後について、どのような展開や可能性を描いていますか?
江端様 KDDIさんは通信だけでなく本当に幅広い事業領域をお持ちで、一見サッカーとは関係なさそうな分野でもファンづくりに転用できるものをたくさんお持ちだと感じています。例えば、人流データ解析やファンコミュニティ等のメディアサービスなど、KDDIさんの強みをうまく活用させていただきながら、両社にメリットがある形でクラブの集客や露出を高める施策を一緒に作っていけたらと考えています。
結果として、ホームタウンの方からも遠方の方からも「ジュビロがあってよかった」と思ってもらえるファンを増やしていければ理想的ですね。
神野様 アビスパとしては、例えば東京など全国に住んでいる福岡出身の方々に対して、クラブとつながるきっかけを提供できる取り組みをぜひKDDIさんと実現したいと考えてます。今回の観戦支援サービスはアウェイチームのサポーター向けという位置づけでしたが、「福岡へ帰省するついでに試合観戦しようかな」と思えるような仕組みができれば、我々のDAOが本来目指している「福岡に関係する方々が場所を越えて参加する」という世界観にも一層近づくと感じています。
さらに視野を広げれば、支援と還元が循環する新しいモデルを作っていきたいですね。貢献してくれた人に金銭で直接お返しするのは難しいですが、トークンという形であれば緩やかな価値のやり取りが可能です。これが行動と応援のモチベーションにつながります。コミュニティをベースにした地域の新しい経済圏、これをKDDIさんと一緒に創り出せたら面白いと思っています。
久利生 今回の取り組みを経て、スポーツクラブとKDDIのアセットやアイデアを掛け合わせることが、スポーツクラブや地域の課題解決への前進につながることが実感できました。よりよいAIモデルを開発し、他のクラブや地域にも取り組みを横展開できるようにすることで、クラブと地域を盛り上げていくことに貢献できればと考えています。
今後もKDDIは、「WAKONX Smartcity」としてクラブと共創しながら観客の体験価値の向上、街の回遊や賑わい創出を通じた地域活性化を進めていきたいと思います。